タワー館の増築の際の莫大な投資の影で、何年にもわたる資金繰りの苦しさから重度の心身症になった私を、そのドン底から救い上げてくれたのは「五感の演出」などの効果で、後日「しびれるような和風旅館」とも言われた【水明荘】であった。
お客さまの心理というものはこのように厳しくもありがたいのか?と思うほどで「和多屋別荘の団体料理は魅力もないが、水明荘の料理や仲居のサービスは素晴らしい」と今まで和多屋別荘を見向きもしなかった方々が水明荘を訪れていただくようになった。月日の流れとともに口コミの効果が最大限に発揮されたのであるが、そのバロメーターが利用金額である。
その当時は和多屋別荘の平均単価が1泊2食で1万円だったので、水明荘は恐る恐る1万8千円の値付けをしたのだが、まさにあっという間に1泊2食で3万円になり、しかも、連日満室になった。米国西海岸旅行で感じた【和風旅館の基本に戻ろう】との意識が見事に結実したのだった。
水明荘のお客さまが増加した実例を一つ紹介したい。私が若いころは、地元の旅館組合や商工会、旅行エージェントの協力会など多くの会議や懇親会が毎週のように開催された。懇親会の後は嬉野温泉の歓楽街に繰り出すのが恒例にもなっていたが、ある夜スナックに行って皆でカラオケに興じていると、私の方をチラチラと刺さるような鋭い視線を感じた。気になってその人物の側に座ると、いきなり「あんた誰ね?」と聞かれ(内心、失礼な人だなと思いつつ)「私は和多屋別荘の小原です!」と言うと、その人は酔っていて「俺は和多屋と小原嘉登次が一番好かん!」と宣うた。すかさず「私も小原嘉登次は好かんですよ!」と言うと、一瞬の空白の後、お互いに顔を見合わせて大笑いになった。
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