小林氏
コロナ禍が明け、インバウンドが急回復するなど観光業界がかつての活況を取り戻しつつある。ただ、深刻化する人手不足や諸物価の高騰など問題が山積。難局を乗り切るための知恵と工夫が求められる。ここでは「旅館・ホテルの賢い投資戦略」についてプライムコンセプト取締役の小林義道氏から寄稿いただいた。
AI活用の潮流見極めよ
外部環境の不確実性が増す中、観光・宿泊業界はかつてない変革期を迎えている。2025年は、新たな技術―とりわけ生成AIやAIエージェント―が業界の土台を揺るがすほどの存在感を示し始めた年と言える。深刻な人手不足や多様化する需要、地域観光の立て直しなど課題が山積するなか、AIは単なる効率化ツールではなく、旅の”価値”を新たに描き直すカギへと進化している。
「AIは敵か、味方か」。この問いがこれほど現実味を帯びたことはない。
国内ではAIの認知度こそ高いものの、活用率は30%未満にとどまり、安全性や信頼性への懸念も依然として強い。期待と不安が交錯する今、2025年に顕在化したAI活用の潮流とその意味、そして未来への道筋を見極める必要がある。
そして忘れてはならないのは、DXの本質は技術そのものではなく、観光の現場が生み出す価値をいかに高めるかにあるという点だ。AIはその価値を磨き、未来の観光を新しい景色へと導く力を持っている。
旅の計画段階では、AIの存在感が一段と高まっている。予算や目的を入力するだけで旅程案を生成する「AI旅行エージェント」は、情報収集の負担を大幅に軽減する。
JTB総研の調査でも、週1回以上生成AIを利用する人の約8割が旅行分野で活用経験ありと回答しており、若年層を中心に利用が広がっている。
特に意義深いのは、これまで”旅をあきらめがちだった人”への支援だ。車椅子利用者や医療・介助の必要な家族との旅行など、条件が複雑な旅ほど計画が難しい。しかしAIなら、バリアフリー設備や移動手段、医療対応などを瞬時に整理し、「安心して選べる旅」を提示できる。生成AIの普及は旅のハードルを下げ、“あきらめない選択肢”を広げる力を持っている。
宿泊業の現場では、AIが人手不足や多言語対応を補うだけでなく、“新しいおもてなし”を形づくる存在になっている。予約管理や在庫調整、問い合わせ対応をAIが担うことでスタッフは接客や体験づくりに集中でき、さらに顧客データやクチコミの整理で隠れたニーズが見え、改善のスピードも上がる。実際の旅館では、AI分析をもとに若手スタッフが配膳や演出を工夫し、「判断が早くなり助かる」という声もある。
ただし旅の醍醐味(だいごみ)は「新しいものとの出会い」に尽きる。その瞬間を生み出すのは、地域の風土や対話、場の空気を読む感性など、人だからこそ届けられる価値だ。だからこそ重要なのは、AIと人が互いの不得意を補い、得意を伸ばし合いながら“助け合い奏でる”おもてなしをつくることだ。まさに“餅は餅屋”。AIと人の協奏が整ったとき、新しいおもてなしが生まれる。
AIは時に“敵”にもなり得る。世界では生成AIの普及に伴い「AIレイオフ」が進み、ある大手企業は2025年に1万4千人のコーポレート部門を削減した。翻訳やバックオフィスなど、代替しやすい業務から職種の再定義が加速している。
しかし置き換えが効かない仕事の価値はむしろ高まっている。観光業の根幹にあるのは、現場で働く人の心に宿る“おもてなし”であり、人のぬくもりや気配り、空気を読む力といった”人間性”はAIでは代替できない。ここにこそ産業の本質がある。
だからこそ観光業界はAIを脅威ではなく”味方”として活用すべきだ。AIが定型業務を担えば、人が生み出す価値はいっそう際立つ。AIに代替されない産業だからこそ、観光業こそAI活用の先頭に立つべきである。
観光を取り巻く環境はこの次の10年で大きく変化する。少子高齢化による人手不足は深刻で、WTTCの報告では2035年までに世界で4300万人超、日本だけでも約211万人の労働力ギャップが生じると予測されている。
そのなかで鍵となるのがAIの活用である。混雑回避、需要予測、業務効率化など、AIは現場の負担を大きく減らす有力な手段だが、その力を発揮させるには“AIを使いこなせる人材”が欠かせない。
特に重要なのが現場や組織をけん引するリーダーだ。AIに目的を正しく伝え、期待する結果へ導く「言語化能力」は必須となる。これは人との対話やマネジメントにも通じる。
こうした力を育てるために、社内研修の強化や外部専門家の活用など、早い段階からの教育投資が求められる。
AIは万能ではない。しかし、私たちがどう生かすか次第で、人と地域、そして観光の未来に新しい光をもたらす力を持っている。「AIは愛」―それは単なる語呂合わせではなく、技術を人のために使い、より良い社会をつくろうとする姿勢そのものだ。
観光は、人が人を思い、心を動かす営みである。だからこそAIは、代わる存在ではなく、共に歩む“頼もしい相棒”であるべきだ。
未来をつくるのは、いつの時代も私たち自身だ。だからこそ観光の明日は、これまでより豊かで、温かく、可能性に満ちている。

小林氏




