トレンドつかみ、個性を生かす
2025年、訪日外国人旅行者数が最速で3千万人を超えるなど、好調なインバウンドに湧く日本の観光業界。ただ、その約7割が大都市圏に集中し、訪日客の地方分散が政策上の課題となっている。その受け入れ先となる各地方では過疎化が深刻化しており、長らく観光客の宿泊需要を支えてきた老舗の旅館・ホテルも、その多くが人材の確保や育成に頭を悩ませている。これまでの伝統と誇りを胸に、日本の宿泊業界はどこに向かうべきなのか。今回も国内各地で自館のブラッシュアップに奔走する経営者5氏にお集まりいただき、これまでの経営改革や新たな取り組みへの挑戦、そして将来への経営ビジョンなどを語ってもらった。(東京の観光経済新聞社で。司会=本社編集長・森田淳)
出席者(北から)
・吉川屋(福島県奥飯坂・穴原温泉)代表取締役社長 畠 正樹 氏
・下部ホテル(山梨県下部温泉)代表取締役社長 矢崎 道紀 氏
・慶雲館(山梨県西山温泉)代表取締役社長 川野 健治郎 氏
・なにわ一水(島根県松江しんじ湖温泉)代表取締役社長 勝谷 有史 氏
・女将塾 代表取締役社長 三宅 大功 氏
今振り返る経営の軌跡 次代を見据え、価値を磨く
――自己紹介を兼ねて、ご自身の旅館の特徴や経営の現状についてお聞かせください。
畠 当館の創業は江戸時代の天保12年。2025年で185周年を迎え、私は7代目当主を務めている。当館は、目の前に人工物のない絶景の景観が広がり、中でも6千万年前に奥羽山脈が隆起した時にできたといわれる断崖は、実際に掘ると化石が出てくることもある。
当館は、四季の山水の景色が楽しめる温泉旅館だ。福島は果物が豊富な地域で、当館の周辺にも桃畑とリンゴ畑が広がる。桃の花が咲く春の時期は、桃源郷のような景色が広がる。温泉は自家源泉で、地下30メートルから湧き出る弱アルカリ単純泉。老若男女誰でも入りやすく、体の芯から温まることができる。
経営状況については、福島県内ということもあり、2011年の東日本大震災と原発事故の影響が大きかった。震災から10年後、ようやく8割程度まで宿泊客が戻ってきたところでコロナ禍に見舞われた。元は団体向けの旅館で、コロナ前に個人客への転換が完全にできていなかったこともあり、影響は大きかった。
24年度の宿泊統計では、日本全体でコロナ前年比110%というデータが出ているのに対し、福島県は同80%の水準と、全国で最低となっている。インバウンドも、東北全体で日本全体の2~3%程度に過ぎない。ただ、県では台湾の訪日客の誘客に特に力を入れており、同地域の観光客は増加傾向にある印象だ。

吉川屋・畠氏
矢崎 当館は創業96年。客室90室の、いわゆる大型旅館だ。古くは、俳優の石原裕次郎さんが療養で2カ月間泊まった宿として知られており、温泉目当てのお客さまが多い。ホテルオリジナルの源泉も有しており、3種類の温泉が楽しめる。
コロナ前は団体客の依存度が高く、2019年は約4割が団体客だった。現在はコロナ禍の影響で団体が減り、個人客中心の受け入れにシフト。その結果、団体客の割合は1割程度になった。売り上げはコロナ前の水準に回復してきているが、団体客がなくなった分、宿泊客数は3分の2程度となっている。ただ利益率は以前から改善している。

下部ホテル・矢崎氏
川野 当館は創業が西暦705年の慶雲年間で、1300年の歴史を持つ。藤原鎌足(中臣鎌足)の長子・藤原真人(定恵)の双子の子供(兄が四郎長磨、弟が六郎寿磨)が山の中を歩いていてお湯を見つけたことが始まりといわれている。
そんな当館は、私で53代目。25歳で就職し、約40年間勤めている。2017年に前社長が80歳になった際、新しい投資も必要となる中で後継者を探していた。私は長年経営に携わっていたので、先代から直々に53代目当主を任命され、経営を引き継いだ。
現在は、日本人・訪日客関係なく、同じおもてなしを心がけている。

慶雲館・川野氏
勝谷 会社は有限会社なにわ旅館が運営。1918年に創業し、私が4代目。もともとは松江大橋のたもとで旅館を営んでいたが、60年代の湖畔エリア造成事業を機に、当館も現在の場所へ1967年に移転した。
現在はNHKの朝の連続テレビ小説『ばけばけ』では松江市が舞台となっており、その影響で観光地には多くの方が訪れている。今後ドラマが進むにつれて、小泉八雲の足跡をたどるお客さまも増えていくのではと期待している。
当館では、2006年からバリアフリーと、ユニバーサルデザイン化に取り組んでいる。当初は露天風呂付きの客室を作ろうとしていたが、バリアフリー対応も同時に目指すことにした。一度に大規模投資ができない状況だったため、1フロアずつ施設を改修。その後も融資を受けながら、数年ごとに改修を行っている。
2016年以降、この取り組みが評価を受け始めた。内閣府や松江市からの表彰、ユニバーサルデザインの国際表彰、ジャパントラベルアワードなどを受賞した。25年には、英国貴族院で創始された世界中のホテルやレストラン、公共施設のアクセシビリティ(バリアフリーなど)の優れた取り組みを表彰する「Blue Badge Access Awards 24/2025」(ブルーバッチアクセスアワード)で日本初の「Best International Venue(最優秀国際賞)」を受賞した。現在は、嚥下(えんげ)食の提供にも取り組んでいる。

なにわ一水・勝谷氏
三宅 株式会社女将塾の創業者で、現在代表を務めている。当社は創業してまだ21年と、比較的若い会社だ。創業当時は女将を育てて派遣することと、温泉旅館のコンサルティングから始め、約10年はそれらの事業を進めていた。創業10年目から事業の主軸が変わり、現在は温泉旅館オペレーターとして事業を展開。従業員数は約750人となっている。
現在、自社で運営している温泉旅館は24施設で、部屋数は約800室。特徴としては、24施設のうち半数はM&Aを通して自社で所有し、もう半分はオーナーが所有するものを賃貸契約という形で運営している。後者は基本的に固定賃料で運営しており、これは業界的にも珍しいと思われる。
創業以来、「日本の温泉旅館を元気にする!」をミッションに掲げてきた。過去20年で温泉旅館数は半減しているが、その流れを食い止めたいと考えている。今後も直営の旅館を増やし、中期経営計画では2030年時点で70施設を目標にしている。事業承継の問題を抱える旅館を中心に、さまざまなスキームで事業拡大していく方針だ。

女将塾・三宅氏
まだまだ続く新たな取り組み 資源や戦略は多種多様
――近年特に力を入れている取り組みとその成果を教えてほしい。
畠 私が社長になったのは2020年1月。就任後すぐにコロナ禍になった。ちょうどその時は当館の創業180周年だったこともあり、新しい経営ビジョンとして「ココロとカラダに優しい宿」というコンセプトをスタートさせた。
特に近年、最も力を入れているのが発酵食品だ。東北は発酵食品が発達した地域であることを生かし、当館の料理長が「発酵食品マイスター」「発酵食健康アドバイザー」「薬膳調整士」などの資格を取得。全ての料理に自家製発酵食品を使用している。前菜ではぬか漬けにしたトウモロコシのムースを提供するほか、しょうゆもこうじしょうゆを使用。デザートは自家製こうじを使った甘酒風味のものを出している。腸内環境が整い、健康的な食事を楽しめると好評だ。最近は福島大学の発酵醸造研究所と発酵食品の健康効果を研究している。
福島はフルーツの故郷なので、蛇口をひねると桃ジュースが出るディスペンサーを設置するなど、地域の特色を生かした取り組みも行っている。
コロナ禍の間は、かつて2次会場として使用していたクラブを4千冊の蔵書量を誇る漫画ラウンジに変更した。バーのスペースもボルダリングができるキッズルームに変更。カラオケルームは宿泊客なら無料で使えるようにしたことで、家族連れのお客さまも増えた。
最近だと「温泉むすめ」というキャラクターを活用したイベントも開催した。声優さんを呼んだトークイベントから始まり、現在はライブも行っている。若い世代の方たちに奥飯坂・穴原温泉の名前を知ってもらうきっかけになっている。
また少し変わった取り組みとして、当館の常務を務める弟がドローンの会社を経営しており、ケージの中でドローンが3対3で戦う「ドローンサッカー」のイベントを開催している。これは旅館内でもできるので、年末年始やお盆の時期、また教育旅行などの団体向けコンテンツとして提供している。
地元の民謡を伝える取り組みとして「飯坂温泉若旦那三味線ユニット」にも16年前から参加している。飯坂温泉はかつて芸者さんが200人以上いた温泉地だったが、温泉旅館の若旦那たちが立ち上がり、民謡を継承している。

矢崎 近年は、個人客の満足度向上と単価向上の両取りを目指している。コロナ禍が一つのきっかけになり、団体依存からの脱却を進めてきた。客室が90室あるため特定のターゲットに絞るのは難しく、現在はさまざまな層に対応できるよう取り組んでいる。
体験型のコンテンツも豊富に用意している。敷地内に釣り堀を作り、釣った魚を板前が炭火で焼き、夕食に食べられるサービスを開始。お客さま参加型の餅つき大会、燻製(くんせい)作り体験なども提供している。夕食後には星空観賞のバスツアーも企画するなど、アクティブ層向けの体験も充実させている。リゾートホテルのオプショナルツアーのような形を目指している。
また、地元の花火業者と連携し、記念日利用のお客さま向けにプライベート花火を打ち上げるサービスも提供。プロポーズや家族旅行で利用されている。サプライズ対応のコンシェルジュを配置し、お部屋の装飾などの演出も行っている。
これらの取り組みにより、グレードアップと客単価の向上に成功。1泊2食付きプランで9千円ほど単価が上がっている。

川野 私が最も重要視しているのは、1300年続いた旅館をさらに続けていくこと。社長を引き継いだ時、どうすれば事業を継続できるかを考えてきた。
先代は1997年、湯治旅館から37部屋の観光旅館の形に方針転換を始めたが、現在はさらに利益を最大化するため、コロナ禍に思い切って22室に削減。一番安い部屋を食事処に変更することで客単価が上がり、以前は最大収容人数が140人だったのが、現在は最大60人程度になった。効率的な運営により、コロナ終息後黒字経営を続けられた。
また従業員の接客においては、「笑顔」を最も重視するようにした。以前は着物で配膳する形式重視の接客だったが、現在は作務衣(さむえ)に変更。接客の質と効率を高めた。マニュアルも整備し、新人でも短期間で接客ができるようになった。
特に力を入れているのが外国人観光客の受け入れだ。現在、宿泊客の25%が外国人だが、「靴を脱いで上がり、布団に寝て、和食を食べ、裸で風呂に入る」という日本の温泉文化をそのまま体験してもらっている。外国人だからと特別扱いはせず、日本人と同じおもてなしをすることで、リピーターが増えてきている。
創業1300周年を迎えた05年には、自家源泉を掘削。1分間に1600リットル、52度の温泉が自噴するようになった。館内のお風呂はもとより、給湯・シャワーに至るまで全て源泉を利用させることでボイラーが不要となり、省エネにも貢献している。
こうした恵まれた地理的環境から、現在は「温泉力」(温泉の力と社員の力)を前面に出した経営を行っている。今後は次の後継者に安心してこの旅館を渡せるよう、より強固な経営基盤を作ることを目標としている。現在私は66歳だが、しっかりとした基盤を作り、次の世代につなげていきたい。

勝谷 旅館は販売できる客室数が変わらないため、売り上げを上げるには単価を上げていく必要がある。2021年には、オールハンドでのトリートメントを施す直営のスパを館内に2部屋設置。正社員のセラピストが2人、パート社員が2人勤務している。このうち正社員2人は、Iターンの社員だ。ご縁があって当館に招いたのだが、Iターン人材は人手不足の今、一つの「資源」ともいえる。
セラピーでは、銀行のビジネスマッチングを通じて地元の養護学校が製造したゆずのアロマオイルを使用している。新たな収益源が生まれただけでなく、セラピー目的のリピーターも増えている。この取り組みはプロモーションの面でも効果を上げている。プロモーションのイベントで施術を受けた来場者にSNSでの告知を依頼するなど、対旅行会社以外にも新たな切り口でセールスができるようになった。
また近年は、食物アレルギー対応やヴィーガン会席の提供といった「フードバリアフリー」にも力を入れている。特定原材料8品目の除去はもちろん、その他のアレルゲンにも対応している。
海外の食文化対応にも注力している。台湾からの観光客の約14・5%がベジタリアン・ヴィーガンといわれており、こうしたニーズに応えることで、インバウンド需要の取り込みを狙っている。
松江市内の宿泊施設は、高付加価値化事業の採択によってバリアフリー・ユニバーサルデザイン化を進めた。施設改修だけでなく、ユニバーサルツーリズムの観点から、障害のあるお客さまに対応するための従業員研修(あいサポーター研修)やモニターツアーの受け入れも積極的に行っている。日本航空(JAL)と連携した機内食のダイバーシティについての勉強会なども実施。「日本で一番、安心して来ていただける街」を目指している。

三宅 現在の取り組みの最終的なゴールは、スタッフの賃上げだ。そのための戦略として、「成長戦略」「基盤(バックオフィス)の戦略」「財務面の戦略」の三つがある。
成長戦略は3点。
1点目は、2026年、千葉県にセントラルキッチンの工場を建設する。料理の一部をセントラルキッチン化することで、効率化する狙いがある。「成長加速化補助金」に採択され、開設費用の半分が補助金でまかなえる。
2点目は、マーケティング、特にブランディングだ。大手リゾートチェーンや外資系ホテルのように、ブランディングをしっかり確立していく計画だ。
そして3点目は、人事制度の戦略。報酬体系や昇給制度、評価制度を外部専門家も交えて作り込んでいる。
基盤(バックオフィス)戦略では、東京本社で行っているシステム、法務、人事、経理、採用などの機能を強化。現地スタッフがおもてなしに集中できる環境を整えている。
財務面の戦略では、オフバランス化を進めている。旅館業は借り入れが多い会社が多数ある。そこで「女将塾ファンド」を計画中だ。大手企業や金融機関に出資いただき、次の投資につなげる構想だ。
これら三つの戦略を達成するため、IT技術を活用する。お金をかければ無人化できる仕組みも構築できるので、DX化には今後5年で約10億円の投資を計画している。

思い描く旅館の未来 新たな視点で発展目指す
――各旅館の将来ビジョンや、新たなビジネス展開についてお聞きしたい。
畠 私は旅館で生まれ育った人間だが、日本の旅館業界は私が生まれたころが全盛期だったと思う。高度経済成長期にバス旅行ブームがあり、旅館も大型化していった。だがバブル崩壊後は経営環境が厳しくなり、コロナ禍でさらに加速した。
少子高齢化が進み、地方には人がいなくなるという課題もある中で、旅館の事業価値とは何かを考えたとき、「日本文化の中心にあるもの」だと考えている。畳の部屋や布団、温泉といった日本の文化や「おもてなし」の心は、守っていくべき価値のある日本人の心の拠り所だ。
今後は、社長就任時に設定したコンセプトを、今風の言葉で言えば「ウェルネス&マインドフルネス」として展開していきたい。これは海外の方からも評価されるもの。本質的な価値を突き詰めていくことが大切だ。具体的な取り組みとしては、地域の生産者と連携した体験プログラムの提供や、地域の特産品を使った商品開発を進めている。
例えば、電子回路の会社が新規事業として始めた県内の米粉を使った米粉麺を提供したり、同じように鉄鋼会社が新規事業として展開しているフードロス対策の県内産桃のソルベとコラボしている。また銀行とのビジネスマッチングで、常温で1年以上保存できる特殊パッケージング技術を持つ会社と連携し、朝食で人気のフルーツカレーや美肌スープなどの商品化を進めている。これは防災食としても使えるため、実用性も高い商品だ。
このように地域の「誇り」を体験できる機会を提供している。これが成功すればECサイトで販売もできるなど「地域のアンテナショップ」になるというのが、ここ最近の一つの動きだ。
経営者として今後目指していきたいのは「社員が輝く会社」だ。コロナ禍では社員の存在の大切さを改めて実感した。戦国武将の武田信玄も「人は石垣、人は城」と遺しているように、会社は社員で成り立っている。社員の能力を最大化する経営、人財経営をしていくことで、「働きたい」と思える会社を作っていきたい。
矢崎 当館は、地域をリードするような役割を担いたい。下部温泉だけではなく、山梨県の南部エリア全体の活性化を目指している。南部エリアは山梨県の観光入込客数の6~7%程度しか来ていない状況だ。現在、地元の観光以外の事業者も巻き込んで一般社団法人を作り、約40人の仲間と地域の魅力掘り起こしやツアー造成に取り組んでいる。
例えば、近所の日蓮宗総本山で宿坊に泊まる体験ツアーや、地域の伝統工芸品である硯(すずり)を作る体験など、地域資源を生かした体験型観光を推進している。5年前には地域限定の旅行会社も立ち上げ、ツアー販売も行っている。
新たなビジネス展開としては、2025年4月に「ホテルインホテル」の取り組みを始めた。金融機関の紹介で、宿泊業にチャレンジしたいという事業者に宴会場や別館を貸し出し、その会社がファミリー向けに特化したサービスを提供。1日10種類ほどのアクティビティを用意し、子供が徹底的に楽しめる内容で好評を得ている。
新事業の開始から半年以上が経過したが、計画通りの成果が出ている。当館にとっても賃貸収入が得られるメリットがある。また、その会社のお客さま(ファミリー層)が中学生以上になった際に、当館でまた宿泊を希望されるといった潜在需要も見込める。私たちにとって全く新しい視点でのビジネスを間近で見ることができ、スタッフにとっても良い刺激になっている。
また、山梨にゆかりのない人が10人弱ほど移住してきて新しいビジネスを始めている。地域の活性化にも寄与していると感じている。
川野 2025年11月から大きな融資を受け、現在は改装工事のため3カ月休館している。今年3月5日に再オープンする予定だ。営業再開後、まず取り組むのは「1300年の歴史を感じられる空間」の創出だ。海外のお客さまからは「歴史の深さがあまり感じられない」というご意見もある。そこで、1カ所でも歴史を感じられるスペースを作る。
具体的なイメージとして、創業から現在までの年表や、自家源泉を掘った際の深さごとの砂の展示を館内に配置。ドリンクコーナーではフォッサマグナを紹介するビデオも流す。浴場には、地元の石材を使った白鳳の湯、伝統的な「穴湯」の復刻風呂、地元の名産「雨畑硯」を使った岩盤浴なども新設する。今後はバリアフリー対応の拡充や、最も人気のある客室風呂の拡張も計画している。
自家源泉の良さを最大限に生かし、「新しい慶雲館」を皆さまにお示ししたい。22室という規模は現状のまま維持し、来ていただいたお客さまに確実に満足していただける宿を目指す。
休館中は、社員への給料をそのまま支払い、工事の妨げにならない範囲で壁紙張り替えなどの作業をしてもらっている。次代の経営者に1300年の歴史をしっかり引き継げるよう黒字経営を続け、安定した経営基盤を整えることが私の使命だ。
勝谷 創業当初、松江大橋のたもとで旅館を営み、その後は料亭として使用していたが、コロナの影響もあり閉店した。24年に、その一部にあった蔵を1棟貸しの宿泊施設に改装した。
この地域は小泉八雲が滞在した場所としても知られている。小泉八雲が魅了された松江の魅力は、歴史を背景に”今も息づく日本の良さ”として残っている。こうした現在の松江の魅力を観光コンテンツとして生かし、インバウンドの増加につなげていきたい。
島根県はインバウンドの入込数が全国47位で、つい最近42位になったという状況だが、それだけ伸び代があるともいえる。特に欧米の方に日本の良さを体感していただける環境を整えていきたいと思う。
小泉八雲にまつわるエピソードとして、旅館の女中さんが目を患っていた際、旅館側が病院に連れていかなかったことに心を痛め、宿を移ったという話がある。当時は当たり前のことだったと思うが、今の時代に置き換えると、従業員が働きやすい環境を作ることの大切さを教えてくれているように感じる。このような歴史を生かしながら、新たなビジネス展開を考えたい。
三宅 業界のビジョンと当社のビジョンに分けてお話ししたい。
観光業界はコロナ前で27兆円規模、政府の目標である6千万人のインバウンドが実現すれば、37兆円程度まで成長するといわれている。これは国内の主要産業の一つになるポテンシャルがあるといえる。
しかし、現状は若者が働きたいと思える業界になっていない。これを変えるためには、中小零細企業が中堅・大企業へと成長し、旅館業界でもそういった企業が増えていくことが重要だ。
ホテル業界にはチェーン展開する企業が多くあるが、旅館業界では純粋な旅館だけを運営する大企業はほとんどない。われわれはそこを目指しており、若い方がチャレンジしやすい環境、また既存の旅館オーナーが企業化を望む場合には、当社のノウハウを使ってもらえるような体制を整えていきたいと考えている。
そのためには、自社の企業力を磨き上げ、手本となるような存在になることが重要だ。中堅企業になれば、地域や業界に与える影響も大きくなり、生産性の向上や優秀な人材の確保、さまざまな外部パートナーとの連携も可能になる。旅館業界に限らず、日本の中小企業はグループ化していく流れになると思われる。

座談会の様子
現状課題と次なる一手 必要なのは、やはり「人」
――業界では、人材不足・人手不足が課題となっている。自館の悩みやそれに対する解決策などがあれば。
畠 コロナ禍で採用が一気に難しくなったと感じている。特に福島県は首都圏が近いため、地元の若者は都会に出たがる傾向がある。さらに首都圏の企業が福島まで採用活動に来るようになり、こうした企業は給与水準も高いため、地元企業では対抗が難しい状況だ。
そうした中で、当館では中途採用や外国人採用に取り組んでおり、現在インドネシア、フィリピン、ミャンマーからの採用を行っている。
しかし外国人採用にも課題はある。最近だとフィリピン出身のスタッフが3人同時に退職するなど、国によって傾向が違うことも分かってきた。
今後は外国人スタッフ向けの日本語勉強会を月1回開催する予定だ。地元の日本語学校の先生と協力し、外国人スタッフが抱える課題に対応する。例えば、漢字習得の難しさ、旅館独特の和食の呼び方、電話対応、クレーム対応などが挙げられる。
また、心理的安全性を確保できる場を作り、国ごとに固まりがちな状況を改善する。日本の文化や風習も学べる機会を提供していきたい。
矢崎 当社は10年以上前から人手不足に悩んでいる。派遣社員がいなくなり、外注していた清掃会社も撤退するなど、全て社内でやらざるを得ない状況だ。この10年はスタッフのマルチタスク化を進め、生産性向上とES(従業員満足度)の向上に努めてきた。現在は中抜けシフトはなく、調理場も朝食組・夕食組と明確に分けられ、労働環境が改善されている。
採用は依然として厳しい状況だが、定着率は上がっている。20代、30代が半分以上を占めるようになってきている。
次の課題は給与の引き上げだ。年間休日105日で休刊日も10日間あり、有給休暇の取得も勧めている。誕生日には社長直筆のメッセージカードを贈り、社員とその家族をホテルに招待するなど、社員を大切にする取り組みも行っている。
川野 当館は現在、人手は足りている状況だ。コロナ禍に海外からのスタッフが入ってきた際、日本語があまり堪能でなくても、「喜んで仕事ができるようにするためにはどうしたらよいか」を考え、1年以上かけて教育してきた。現在は海外からのスタッフが4人ほど勤務し、日本人のお客さまにも応対できるようになっている。
特にネパールやベトナム出身のスタッフは、リピーターのお客さまから「日本語が上手になった」と褒められるほど成長している。彼らは自分なりの英語で応対することもでき、海外のお客さまからも喜ばれている。「人件費は投資だ」と考えて育てた結果、彼らが旅館に誇りを持つようになり、日本人スタッフも一生懸命笑顔で対応するようになった。2~3年ほどは大変だったが、今はその成果が出てきていると感じている。
勝谷 当社では、人材不足より人件費の上昇が課題となっている。単価を上げても追いつかない状況だ。清掃やメンテナンスを外部業者に委託しているが、その料金も上がってきている。
当社も24年から外国人採用を積極的に始めたが、履歴書と実際の能力に違いがあるケースもあった。日本語は上手でも英語は実務場面で期待とのズレが生じ、採用後に違和感を抱くこともあった。外国人採用については従来の面接方法では難しい面があると実感した。今後の課題として取り組んでいきたい。
三宅 人手不足対策には三つやるべきことがあると考えている。
まず重要なのは「辞めない組織作り」。まずは自社の離職率を算出し、下げる努力が必要だ。その上で、1人当たりにかかる採用コストを割り出す。例えば離職率が20%で、採用コストが40万円とする。社員100名なら20名が辞める計算で、同じ組織規模を保つなら20名採用するため800万円の採用コストをあらかじめ見込んでおく。永続的に企業を発展させていくなら、新卒採用も検討するべきだろう。女将塾では毎年20名程度を目標に採用活動を行っている。
二つ目は「計画性」。退職者を適切に補充するため、年間を通した採用計画が必要だ。
三つ目は「会社のミッション、ビジョン、バリューを浸透させ、それを人事制度に落とし込むこと」。評価が昇給や昇格につながるという仕組みを明確にすることで、働きがいのある職場になる。
採用戦略は企業によって異なる。自分たちだけで取り組もうとせず、専門家の知見を借りることをお勧めする。

あらゆる経営課題を乗り越え2026年も飛躍を目指す5氏




