ブッキング・ドットコムは12月11日、日本の温泉旅館文化の未来とインバウンド戦略を考えるハイブリッドシンポジウム「オーセンティック・ジャパン:世界がまだ知らない”奥の日本”を未来へ」を宮城県仙台市の清龍荘で開いた。全旅連青年部の協力で開催。銀山荘代表取締役社長の小関健太郎氏、湯谷湾温泉ホテル楊貴館取締役で温泉文化大使の岡藤明史氏、季さらホテル&リゾーツ代表取締役の上村領佑氏が出演した。ブッキング・ドットコムからは日本代表のルイス・ロドリゲス氏と営業本部長の信濃伸明氏が登壇した。
インバウンドの新潮流、地方の隠れた魅力に注目

ブッキング・ドットコム日本代表のルイス・ロドリゲス氏
ブッキング・ドットコム日本代表のルイス・ロドリゲス氏は、世界の最新旅行トレンドとインバウンド観光の可能性について講演した。世界の旅行市場はアジア地域が牽引する形で拡大を続けており、今後10年間でも日本を含むアジア地域の重要性はさらに高まると指摘した。
「世界中の旅行者はオーセンティック(唯一無二)な体験を求めており、超個人的な旅のスタイルが強く求められている」とロドリゲス氏は説明。かつての観光地巡りだけでなく、自分自身の興味や関心に合わせた深い体験を求める傾向が強まっているという。
特に注目されているのが温泉文化だ。「台湾など従来からの温泉好きの国だけでなく、ヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアなどからの旅行者にも温泉への関心が高まっている」と述べた。
AI技術の進歩もこうした傾向を後押ししている。「日本人の約83%、訪日外国人の89%がAIを活用して旅行プランを立てている」とし、これによって旅行者が簡単に自分の興味に合った温泉や旅館を見つけられるようになったと指摘した。
東北地方の観光需要についても言及。「仙台は多様なインバウンド旅行者のハブとして、これからもっと活用されていく入り口になる」と位置づけた。調査データによれば、東北地方ではスキー地域や温泉地への検索が多く、冬季の需要が特に高いことがわかっている。
ロドリゲス氏は「インバウンド旅行者を日本に呼び込むだけでなく、リョカン(旅館)や地域の旅行者を繋げていくことが大切」と強調。「持続可能な観光」を促進するために、温泉や旅館の本当の意味や価値を伝えるカルチャーエデュケーション(文化教育)の重要性も訴えた。
銀山温泉の挑戦、保全と活用の両立で持続可能な観光地へ

銀山荘代表取締役の小関健太郎氏
銀山温泉組合副組合長で銀山荘代表取締役の小関健太郎氏は、「温泉・旅館文化の現在地と未来」をテーマに講演。温泉地を「自然資源」「建物」「人間」の三要素で構成される文化として捉え、単に保全するだけではなく活用することで収益を生み、持続可能な形で残していくことの重要性を訴えた。
「保全だけに力を入れると、修繕費や保全するためのエネルギーを使う一方で、関わる人の高齢化や人口減少により、保全すらままならなくなる」と小関氏。銀山温泉では大正時代に建てられた木造建築が街並みを形成しているが、これらを維持するには大きな課題があるという。
「ほとんどの建設会社からは『壊して建て直しましょう』と言われた」と小関氏は実情を語る。それでも銀山温泉では、登録有形文化財として保存しながら活用する道を選択。改修計画や工事の許可取得のノウハウを地域内で共有し、次に修繕する旅館の参考になるよう取り組んでいる。
地域の魅力を守るための取り組みも紹介された。「朝8時頃からスピーカーを持ったツアーガイドが一生懸命説明する光景」に対し、「スピーカーを使うなら帰ってください。ゆっくりする空間を守るのが我々の役割」と毅然とした対応をとっている。
観光地としての魅力を高めるため、「大正ロマンプロジェクト」と呼ばれる取り組みも実施。2013年から地域の若手が中心となり、大正時代の衣装を着て観光客を迎え、観光客自身も大正ロマンの衣装を着ることができるようにした。「お客様自身が景観の一部になって参加してもらう価値を作ろうとした」と説明した。
コロナ禍でも「銀山温泉千年回廊」と題したライトアップイベントを開催。「日常の疲れを落とすために温泉があり温泉街がある」との考えから、行政の補助なしで民間主導で実施し、多くの感謝の声を得たという。
現在は増加する観光客による交通渋滞対策として「パーク&ライド」を導入。「救急車が入れず、ストレッチャーを持って救急隊が走ってくるような事態も起きた」ため、道路の広いところで車を降りて専用車両に乗り換える仕組みを整えた。
銀山温泉が特殊な例として挙げられるのは、「限界集落をすでに突破している」点だ。観光事業者以外の地域住民はすでに引っ越して残っておらず、宿屋が商売をしているから住んでいるという状況にあるという。
小関氏は「地域の人が主体になって考える必要がある」と強調。「やりたいことをやりたい人、地域の人が『このぐらいでいい』というところを超えると何も続かない」と、持続可能な地域づくりの視点を示した。
インバウンド観光の未来、本物の日本文化を伝える

季さらホテル&リゾーツ代表取締役の上村領佑氏(=写真左)とブッキング・ドットコム営業本部長の信濃信明氏
全旅連青年部の流通DX担当副部長であり、季さらホテル&リゾーツ代表取締役の上村領佑氏は、「海外の訪日客が旅館や温泉に求めるものは変化している」と指摘する。
「温泉文化は旅館事業の中心だが、海外の方には共同入浴の大浴場文化に馴染みがない。また、タトゥーを持つ訪日客も多く、我々の業界でも多様性を受け入れる形でその対応が進んでいる」と説明した。
上村氏によれば、近年の訪日外国人は「本物の体験」を求める傾向が強く、「日本人も知らないような観光地や旅行先にも多くの外国人が訪れ楽しんでいる。逆に海外の方の方が地方の価値に着目している」という。
温泉地の多様性についても言及し、「47都道府県それぞれに独自の文化圏があり、日本人でも初めて体験するような文化的体験がたくさんある」と述べた。「10種類の温泉」があることにも触れ、長期滞在しながら様々な温泉を楽しむことを提案している。
上村氏はAI技術の旅行業界への影響にも触れ、「旅行需要を活性化させたり、ワクワク感を創出したりする点に期待している」と述べた一方、「誤った情報がネット上に出回る懸念もあり、事業者として正確な情報発信が重要」と強調した。
最後に「サステナブルツーリズム」について、「SDGsは行動目標だが、日本においてサステナブルなものはそもそも生活そのものではないか」と指摘。地元の人々が大切にしているものを磨き上げ、それを正確に発信していくことが重要だと訴えた。
「皆さんも旅をして、旅行することの楽しさを体感し、それを身近な人に伝えてほしい。そうすれば宿泊観光業界はもっと楽しくなり、世の中はハッピーになる」と結んだ。
ユネスコ無形文化遺産登録へ、温泉文化を日本の国力に

油谷湾温泉ホテル楊貴館取締役の岡藤明史氏
温泉文化大使で油谷湾温泉ホテル楊貴館取締役の岡藤明史氏は、「温泉文化のユネスコ無形文化遺産登録に向けた取り組み」について講演した。
岡藤氏はまず温泉文化を「自然の恵みである温泉に浸かり、心と体を癒す、日本人に根付いた社会的習慣」と定義。単に体を洗う行為ではなく、「家族や地域が集うコミュニティであり、旅と暮らしが繋がってきた文化」だと説明した。
全国の温泉地は減少傾向にあり、2010年には3,185箇所あったが、2022年には2,879箇所に減少していると指摘。人手不足や後継者不足、震災などの自然災害により、温泉文化を守る必要性が高まっていると強調した。
令和7年(2025年)11月28日に、ユネスコ無形文化遺産に温泉文化が提案されることが決定したと報告。2030年11月に評価、12月に最終審査が行われる予定だという。「これにより温泉業界、温泉文化、宿泊産業にとって歴史的な転換点となり、日本の文化が世界で再評価される大きなチャンス」と述べた。
温泉文化の多様な側面についても言及。温泉を中心に食文化、自然環境、歴史、伝統、祭り、精神性、地域振興、コミュニティ、リゾート、アートなど様々な要素が結びついていると説明。「各地域が自分たちの地域に何を残すかを問い続け、実現していくことで、日本が金太郎飴のような観光地にならず、それぞれ独創性のある温泉文化が継承される」と話した。
ユネスコ登録後の効果として、「国民の意識が格段に上がる」「温泉文化が地域振興の柱として組み込まれる」「温泉地が守られ磨かれる流れが加速する」の3点を挙げた。全国で67万を超える署名活動が行われ、総理官邸への要望も提出されたという。
「宿泊産業が温泉文化を継承し、守っていく中心となる。世界に大きく伝えていくためにブッキング・ドットコムさんのネットワークや発信力が必要になる」と連携の重要性を訴え、「温泉を文化として守るだけでなく、日本の国力として進めていく」という決意を表明した。
【kankokeizai.com 編集長 江口英一】




