中野国際観光部長(中央)に提言書を渡す武内代表理事(左から2人目)
日本コンベンション協会(JCMA、武内紀子代表理事=コングレ社長)は11月13日、観光庁に「MICE立国を目指す戦略提言」を提出した。MICEを観光振興策の一ツールではなく、「経済・外交・産業」の成長エンジンと捉え、日本の国際競争力強化と地域創生を実現する国家戦略として位置付けるよう求めた。同日、武内氏をはじめとする理事らが同庁を訪れ、中野岳史・国際観光部長に手渡した。ここでは提言の全文を掲載する。(既報)
「MICE立国を目指す戦略提言」について
MICEは「観光振興策の一ツール」ではなく「経済・外交・産業の成長エンジン」として、日本の国際競争力強化と地域創生を実現するための包括的戦略と再定義する。
本提案は、政府関係者および地方自治体、そしてMICE業界の民間企業等のプレーヤーが一体となって推進すべき重点施策を提示する。世界のMICE市場において日本が真のリーダーシップを発揮するため、MICE施策を観光政策の枠を超えた国家戦略レベルへの昇華を含めた検討が必要である。
国際会議都市ランキングにおける順位低下、MICE業界における人材不足、デジタル化対応の加速などの現状課題を克服し、適切な政策投資と制度変更を実現すれば、日本はさらなるMICE先進国として躍進できる。
本提案では、MICEエコシステム全体の底上げを図るために必要な相互連関する八つの視点を、背景・課題・提案の形で提言する。
1、MICEの国家戦略への明確な位置付け
■背景
MICEは、訪日観光の質的向上、国際交流を通じた国民のグローバル感覚の涵養、イノベーション創出、地域経済の活性化等に寄与する多面的効果を持つ事業フレームである。世界主要国では、観光にとどまらず、外交・産業政策・都市戦略の一環としてMICEを戦略的に活用している。例えばシンガポールは国家レベルでMICEを経済戦略の中核に据え、韓国は外交政策とMICE誘致を連動させている。これらの先進的事例を参照し、日本も省庁横断的なアプローチでMICEを国家戦略に組み込むことが求められる。
■課題
日本ではMICEが観光政策の一部として扱われがちで、産業振興・国際競争力に活用するという視点が弱い。また省庁横断的なMICE推進体制や専任部署が確立されていないため、政策の断片化傾向がある。
■提案
(1)戦略的再定義
観光政策におけるMICEの位置付けを上げ、
「経済・産業政策」「ソフトパワー戦略」の柱として国家戦略に位置づける必要がある。そのためには(2)のような組織横断の取り組みを検討すべきである。
(2)推進体制の構築
観光庁、経済産業省、外務省、文部科学省、JNTO、日本学術振興会、科学技術振興機構、日本学術会議、JETRO等との連携による、「MICE推進本部(仮称)」の設置を検討する。国家戦略としての重点分野・テーマ等を共有し、優先順位をもったMICE誘致・開催支援の整備を進める必要がある。
(3)実証実験フィールドとしての活用
国や自治体が進める実証実験等の実施フィールド(受け皿)としてMICEを位置付け、活用する。これにより、MICE開催が単なるイベント実施にとどまらず、国家の研究開発戦略や産業・文化政策等と有機的に結合する。
また、エンタメ等のMICE以外のフィールドで活用されている技術、テクノロジー、アプリケーション等をMICE現場へ適用する実証支援事業をさらに拡充することが必要である。
2、MICE都市(都市MICE戦略)の再強化
■背景
都市の魅力や都市機能は、MICE誘致の重要な決定要因である。一方で国際会議都市ランキング(UIA、ICCA)での地位は長期的に見て低下傾向にあり対応が必要。
■課題
地方都市では財源・施設・人材・プロモーション資源が不足している。国際都市においても都市間連携が不十分で、ブランディング力が弱いという課題がある。
これらの課題に対し、選択と集中の原則に基づいた戦略的支援が求められる。特に重要なのは、MICE専門人材の育成と定着である。例えば現在のコンベンションビューロー人事制度では、2~3年での異動が常態化しており、地域の現場における専門性の蓄積が困難となっている。この構造的問題を解決するため、MICE専任ポストの制度化と長期キャリア形成支援が不可欠である。
■提案
(1)支援都市の戦略的選定
CVB、DMOへのMICE専任人材配置支援を強化し、ビューロー職員の2~3年異動を是正。専門性の蓄積と継続的な誘致戦略の実行を可能にする人事制度改革の推進。
(2)統合戦略の展開
アクセス・宿泊・施設等のハード整備とソフトパワー(都市ブランド・文化資源)との統合戦略を推進する。単なる箱物整備にとどまらない、都市全体の魅力向上へ向けた、地域における統合戦略の策定支援パッケージをプログラム化し、事業化して推進する必要がある。
(3)財源確保の仕組み化
自治体における宿泊税を契機としたMICE予算拡充への意識醸成を図る。持続可能なMICE推進のための安定的財源確保を支援する施策をセミナー等の形式で実施促進する。
3、MICE人材育成とキャリア形成支援
■背景
国際MICEの競争には高度なプロジェクトマネジメント、異文化理解、語学力を備えた人材が不可欠である。
■課題
大学・専門学校におけるMICE教育は断片的・限定的で、体系化されていない現状がある。さらに深刻なのは、MICEとその効果についての認知施策が脆弱で若手人材のMICE業界流入が少ないことである。業界そのものが「知られていない」状況を打破するため、戦略的な広報活動と魅力的なキャリアパスの提示が必要である。
■提案
(1)教育基盤の整備
大学等と連携した「MICE人材育成プログラム」の設定と公的支援を実施する。現在の断片的・限定的なMICE教育を体系化し、専門課程を拡充する。観光庁が共催・後援となり、JNTOやJCMA他業界団体との連携を念頭にMICE寄付講座等の設置を促進する。
(2)実践機会の創出
学生や若手向けインターンシップ、キャリアガイド、就職促進キャンペーン展開を観光庁主導で予算獲得し、業界団体等と連携して実行する。理論と実践を結ぶ架け橋事業として位置付ける。
(3)業界認知の向上
MICE業界の魅力を訴求する広報(高校生・大学生向けガイダンス、SNS活用等)においてJCMA他業界団体が連携して取り組む活動を財政・広報面で支援する。民間団体が主体となるMICE展示会等に加え、観光庁が主導するMICE認知に資するイベントやキャンペーン実施を推進する。
4、MICEのデジタル化・グローバル対応の推進
■背景
ポストコロナのMICEでは、オンライン・ハイブリッド形式を効果的に併用する実態が加速している。海外参加者の満足度を高めるには、先端技術や多言語対応によるアクセシビリティの向上が欠かせない。大型会議のみならず中小規模会議の開催支援強化は結果的に国全体のMICE開催件数増加にも寄与する。
■課題
中小規模会議は技術導入や機材投資に財政・マンパワー課題を抱えており、大型会議との格差が拡大。またバーチャルプラットフォームやリアル施設の技術対応が遅れている。現行のMICE施設の受入環境整備事業は、補助対象が狭く(対象事業者要件、対象事業)見直しが求められる。
ハイブリッドMICEにおけるオンライン参加者に対する評価指標開発とガイドライン整備も重要な課題であり、新しい開催形態に対応した評価基準と運営指針の策定により品質の標準化と向上を図る必要がある。
■提案
(1)技術導入支援の拡充
AR/VR、ライブ配信、多言語翻訳、AIチャット等の導入への補助制度の拡充。スタートアップ等のサービス・技術実装を試行する実証実験の場としての活用も含め、中小規模会議の技術格差解消、そのための支援制度拡充。
(2)インフラ投資の促進
地方会議施設や展示場へのデジタルインフラ投資支援を強化。対象施設の資格要件となる国際会議開催基準をICCAからJNTOへ変更し新設施設も対象とする。
(3)飲食インフラの整備
撤退が相次ぎMICE施設の喫緊の課題となっている飲食提供インフラ整備のための支援の拡充。MICE施設の飲食施設は機能として必須と言えるものの、繁閑差の大きさに対する経営的な支援が求められる。
5、国際競争に勝てるMICE誘致・開催のための仕組み
■背景
政府主導の誘致戦略と資金支援が日本より強力である競合国(韓国、シンガポール、タイなど)も多い。また、誘致・開催の支援制度に係るコンベンションビューローの戦略実行力が資金や制度面で制約されている。開催にあたっては、MICE単体でのプロモーションにとどまらず、地域の魅力も日本開催の強みとして訴求できるはずである。国際会議参加者は会期の前後にさらに4泊するとの調査結果もあり、観光施策として有効である。
■課題
誘致・開催支援制度に係る、国・JNTOによる情報アクセシビリティ向上と支援内容強化、またMICE開催地の魅力向上および国としてのブランディング強化が必要である。魅力あるユニークベニューの開放や活用が依然進んでいない現状を打破するため、規制面と経済面の両方からアプローチする必要がある。
■提案
(1)MICE誘致・開催補助金の整備
国としてのMICE誘致・開催補助金の整備により選択と集中に基づいた競合国との資金力格差を解消する。
(2)BID支援の拡充
入札時の旅費支援・専門家派遣・プレゼン資料作成支援等をさらに強化し、誘致成功率を向上させる。
(3)地域の魅力訴求
DMO等とも連携した地域の魅力発信により、MICEの付加価値向上を図るとともに、参加者の満足度を高める。
(4)ユニークベニュー活用
規制緩和の推進やベニュー側への貸し出しに対するインセンティブ付与により、実効性の高い魅力的な開催環境を提供する。
(5)一体的ブランディング
国際MICE見本市等における国と個別出展都市の一体的ブランディングを推進し、日本全体の訴求力を高める。
6、MICE統計の整備とエビデンスベース政策の推進
■背景
MICEの経済・社会的価値は高いものの、現状では統一的な統計が乏しく、政策判断の根拠が不十分な状況。
■課題
現状では国際会議メインの統計に偏っており、M・I・Eも含めた国内MICE情報の収集が不十分。特に大学内で開催される国際会議の情報把握が困難であり、これらの開催実績が適切に評価されていない。エビデンスベースの政策立案を実現するため、包括的な統計整備と分析体制の構築が必要。
■提案
(1)統一的な基準構築
統計の統一的基準を構築する。各地方自治体やCVBの独自集計による定義・分類の差異を解消する。
(2)統一指標の策定
地域別のMICE開催件数、参加者属性、経済波及効果などの統一指標を策定し、政策評価や予算配分の判断材料を充実させる。
(3)分析基盤の構築
産業・文化政策や地域創生政策との接続を可能にする分析基盤を構築し、MICEの多面的効果を可視化する。
(4)大学連携の仕組み化
大学への、MICE誘致・開催および開催情報報告に対するインセンティブ付与などの仕組み化を図る。大学内開催の国際会議情報把握は重要な指標となるため情報集約のための仕組み構築を推進。
(5)事業化の推進
(1)~(4)のような統計・分析の整備を国として事業化し、継続的なデータ収集と分析体制を確立する。
7、サステナビリティに関する取り組みの推進
■背景
MICE誘致の国際競争を勝ち抜くための重要ファクターであるサステナビリティへの取り組み実装を求める傾向が強まっている。一方で比較の基準となる認証等の取得が諸外国に比べ進んでいない現状がある。
■課題
サステナビリティへの取り組みは企業単体で解決できない課題も多く、主催者の理解と協力も必要である。国全体として統一したアプローチを採ることで、アピール力を高め、国際競争力を向上させる必要がある。
■提案
(1)認証取得の促進
GDS―IndexやGSTC―MICEの活用促進等、認証取得の取り組みを推進する。国全体として発信できる統一した取り組みの構築。
(2)LCA算定支援
各開催案件でのLCA(Life Cycle Assessment)算定の仕組み化を支援し、環境負荷の定量的把握と改善を促進する。
(3)履行指針の策定
MICE主催者としての履行指針となる基準を策定し、サステナビリティへの取り組みを標準化する。
(4)業界横断の取り組み
国や都市単位で業界横断の具体的な取り組みを行う事例調査とその結果を活用できる方法を検討する。
(5)検討委員会の設置
観光庁主導によるMICE業界横断プラットフォームとしての検討委員会を設置し、統一的な取り組みを推進する。
8、レガシー効果等の開催効果取り込み促進
■背景
MICEにはさまざまなレガシー効果(国際交流を通じた市民のグローバル感覚の涵養、地域産業のプロモーション等)がある。レガシー効果最大化は、MICEの真価を発揮するために極めて重要である。単なる経済効果にとどまらず、人材育成、地域産業振興、国際化推進など、多面的な価値創造を実現するための取り組み強化が求められる。
■課題
開催地で十分な取り込みができていない現状がある。開催地(地域)では、レガシー効果検証まで手が回らない、また取り組みのための資金もない現状がある。主催側も意識はあるが、費用や手間、地域の協力度合いの観点から優先順位が後回しになりがちである。
■提案
MICE開催が単発のイベントにとどまらず、地域の持続的発展に寄与するレガシーを創出するには、戦略的な支援制度の整備が不可欠である。
(1)地域連携の創出
市民公開講座や市民向けMeet the Expert、学生の国際会議参加など、地域連携を創出する取り組みに対する助成制度の強化。
(2)地域産業PRの推進
地域産業・伝統文化をPRするツールの作成やPR機会を提供する会議、地場企業のMICEへの出展などへの支援制度の確立。

中野国際観光部長(中央)に提言書を渡す武内代表理事(左から2人目)

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