村上祐太氏
1.はじめに
観光産業における人材不足は、働きたくても働けない構造が生み出している。
訪日外国人の増加に伴い、地域経済や国際交流への波及効果が期待される一方で、観光産業の現場では慢性的な人材不足が続いている。その原因は単なる採用難ではなく、働きたい人が参入できず、参入しても定着できない課題が存在している。
特に正社員として観光業に携わっていた人材が、長時間労働や業務に見合わない賃金といった労働環境の限界に直面し、業界を離れていく事例が後を絶たない。こうした人々は本来、観光産業の大切な担い手であるにも関わらず、働き方の柔軟性や制度的な受け皿が乏しいために活かされないまま埋もれてしまっている。
私は大学在学時から14年間、観光産業に関わる中で、スキルや熱意がありながらも業界を離れていく同僚や友人を数多く目にしてきた。観光産業には関わりたくても関われない構造の歪みが存在し、観光産業の成長を妨げている。
こうした課題を踏まえ、2018年の通訳案内士法改正を一つの契機として、多様な人材が観光に関わる道が開かれ始めた現状に着目し、柔軟な人材活用の実態とその可能性について考察し、観光産業が持続的に成長していくために必要な仕組みのあり方を提言する。
2.観光産業における労働環境の課題
観光産業はインバウンド需要の高まりを受けて成長が期待される一方、その現場を支える観光産業に従事する人々の労働環境には深刻な課題がある。表面的には人材不足と表現されがちだが、実際には働きたい人が働けない、従事しても定着しないという、人材が埋没する供給構造上の歪みが存在する。
私自身、高校の修学旅行をきっかけに観光産業に関心を持ち、大学では観光産業を専攻し、卒業後は大手旅行会社で法人営業として従事してきた。その後、転職を経て現在は旅行業務取扱管理者として、訪日外国人向けの新規事業開発に取り組んでいる。こうした経験を通じて強く感じるのは、現場で日々奮闘する観光産業に従事する人々の疲弊や労働に見合わない賃金などの労働環境の課題である。観光産業の現場では、休日稼働や突発的な顧客対応も頻発している。このような労働環境に課題を感じ将来の生活に失望した優秀で意欲のある人ほど、観光産業を去っている。
実際に、厚生労働省の「令和5年上半期雇用動向調査結果の概況」によると、宿泊業・飲食サービス業の欠員率(図1)は6・1%と他産業に比べて最も高かった。ここで述べる欠員率の定義とは、その年6月末時点の求人数から従業員数を割って算出された数値である。尚、全産業平均は2・8%だった。また、厚生労働省の「令和5年賃金構造基本統計調査」によれば、産業・年齢階級別賃金及び対前年増減率(表1)における産業別の全世代平均賃金は宿泊業・飲食サービス業が259・5千円で最も低く、最も高い電気・ガス・熱供給・水道業が396・6千円と約1・5倍の違いがあった。観光産業から離脱する人たちに退職理由を聞くと、観光産業にはやりがいや魅力は感じる一方、長時間労働や賃金を理由で去っていることが殆どである。すなわち、観光産業は他産業に比べ労働環境に課題があると言える。このような状況が続けば、観光産業は魅力的だが働けない業界として、敬遠され続ける産業となりかねない。
3.人材不足が生む弊害や損失
観光産業における人材不足は、単なる労働力の不足という枠を超えて、観光需要の健全な受け皿が不足しているという問題に繋がっている。正規のサービス提供の担い手が不在であることにより、訪日外国人の体験価値を低下させ、ひいては観光による地域経済への波及効果を十分に引き出せていない。
特に看過できないのは、人材不足でサービス提供ができないだけではなく、白タクや闇ガイドといった非公式サービスの広がりが、正式な経済活動の枠外で需要を吸収してしまっていることである。白タクとは、旅客運送の許可を得ずに自家用車で有償送迎を行うことを指し、闇ガイドとは、日本で就労資格を持たずに有償でガイドを行うことを指す。これらが需要の受け皿となることで、訪日外国人の体験価値と業界全体の信頼低下を招いている。
特に重要だと考えるのは、これらの非公式サービスは納税義務を果たさず、観光産業の経済効果を正規の形で地域や国に還元することができないことである。これは、折角、インバウンド市場が拡大しているのに、観光産業の健全な発展ができていないことを意味している。
このような負の連鎖を断ち切るためには、人材が柔軟に観光に関われる仕組みの整備が急務である。その一つの好事例になると考えるのが、通訳案内士法の改正である。
4.通訳案内士法改正によるガイドの働き方への影響
観光産業における人材不足の背景には、単なる労働人口の減少だけではなく、観光産業に働きたくても、働けない人が多く存在しているという供給面の課題がある。特にガイド業務においては、長年、国家資格がなければ有償で案内できないという制約が存在してきた。
この制度は、高い語学力や観光知識を有する人材の質を担保することを目的としていたが、一方で資格がなくてガイド意欲のある人材にとっては参入障壁として機能していた。通訳案内士資格は、合格率が例年10%前後にとどまる難関資格である。更に、取得後も労働拘束性の高い業務内容なため、継続的な従事が困難なケースも多かった。
こうした背景も受けて、2018年に通訳案内士法が改正され、無資格者であっても有償のガイド活動が可能となった。これは東京オリンピックを控えたガイド不足への対応という即時的な狙いだけでなく、制度の柔軟化による人材層の多様化という構造改革の一環にもなっている。
観光庁の「外国語ガイドの実態把握調査報告書」によれば、無資格ガイドは40代以下の割合が50代以上の割合よりも2倍以上高く、通訳案内士は50代以上の割合が40代以下の割合より2倍以上高かった。更に、労働時間についても、無資格ガイドは半数以上が4時間以内に集中する一方、通訳案内士は6時間以上に半数以上が集中していた。すなわち、無資格ガイドは通訳案内士に比べ、年齢層が低く、短時間ガイドが多く、通訳案内士法の改正により、新しくガイドに従事する層が拡大傾向にある。
実際に無資格ガイドが所属する企業関係者に話を聞くと、これまでのガイド層と変わり、若い人材の流入及び副業や主婦のスポット労働が増加したという。通訳案内士と無資格ガイドでは労働ニーズに違いが見られ、これまで観光に関わる機会を得られなかった人々にとって、新たな参入の可能性が開かれている。
5.無資格ガイドによる柔軟な働き方の広がり
近年、無資格ガイドが活躍する観光サービスも生まれている。自分の語学力や地域知識を活かして短時間から活動できる仕組みが整いつつあり、本業や家庭との両立が可能な働き方として広がりを見せている。
実際、これまで観光に関わりたくても働きづらかった層、例えば主婦層などが、スポット的にガイドとして活動する事例が増えてきた。従来は、子育て中は時間が取れない、長時間労働が合わないといった理由から離脱が多く見られたが、近年のマッチングプラットフォームや柔軟な働き方の広がりによって、育児や家事の合間に無理なく参加できる環境が整い始めている。
また、学生などの若年層が大学在学中からガイド業に関わり始め、卒業後も兼業として継続する事例も出てきている。観光に対する関心が高い若者が、資格取得や就職という従来のハードルを越えずにまずはやってみることが可能になった点は、業界にとって大きな変化である。
こうした新しい働き方は、20代から定年後まで、ライフステージに応じて柔軟に関われる継続可能なキャリアパスとしての可能性を秘めている。ガイドという職業を特定の時期だけの専門職としてではなく、生活に寄り添った持続的な関わり方として捉え直すことで、人材の流出を防ぎ、観光産業の安定的な供給基盤の構築にもつながる。
一方で、制度的な課題も残されている。ガイドの質や安全性の担保、トラブル時の対応体制、報酬の適正水準など、制度面や運用面の整備が追いついていないのが現状である。特に無資格ガイドの拡大に伴い、ガイドラインや基礎研修の提供など、業界全体として最低限の水準を保つための取り組みが求められている。
それでもなお、このような多様で柔軟なガイドの形は、観光産業における人材活用のあり方を大きく変える力を持っている。フルタイムや国家資格に縛られず、誰もが自分の暮らしや得意分野に応じて関われる構造は、供給の裾野を広げ、観光産業に新たな持続可能性をもたらす。これからの日本社会において、観光との関わり方が限定された人のものから誰もが関われるものへと変化する可能性を秘めている。
6.無資格ガイドの可能性とミスマッチ
観光庁の「ガイド人材に求められるニーズに関する調査結果」によれば、訪日外国人旅行者の45%が今後の旅行でガイドサービスを利用したいと考えている(図2)。また、ガイドを利用したいと考える層のうち、53%がガイドの種類にはこだわらないと回答しており(図3)、通訳案内士などの有資格者に限定されない柔軟なニーズが存在していることを示唆している。
さらに、ガイド1人あたりに支払える金額は1万円未満が69%を占めており(図4)、一方、通訳案内士のコスト1日あたり4~5万円を超えるケースも多く、価格面でのギャップが顕在化している。これは、潜在的な需要が存在しているにもかかわらず、供給の選択肢が限られていることで生じている機会損失の構造であると考える。
こうしたギャップの中で注目されるのが、無資格ガイドの存在である。彼らは短時間かつリーズナブルな価格で活動することが多く、利用者から見ても費用負担が少ない。加えて、ガイド側にとっても1回あたり1万円未満であっても、隙間時間を活用した副業として十分な価値を持つ。これは、観光人材の裾野を広げる新たな可能性であると考える。
私自身、この観光庁の調査の信憑性を測るために、訪日外国人52名に対してアンケート調査を行ったことがある。その結果、今後の旅行でガイドサービスを利用したい、非常に利用したいと答えた人の割合は全体の52%にのぼった(図5)。また、無資格ガイドでも構わない、全く抵抗はないと答えた人も45%と(図6)、観光庁の調査結果とほぼ一致する傾向が見られた。
また、ガイドサービスを利用したいと答えた人の多くが、言語サポートや地元ならではの情報提供、安心感の確保といった要素を重視していることが整理できた。さらに、限られた滞在時間の中で効率的に観光したいという声も多く、移動の最適化や情報収集の手間を省くためにガイドを活用したいという実用的なニーズも存在していた。
これは、訪日外国人にとって重要なのはガイドが資格を持っているかではなく、自分の旅をどれだけ豊かかつ快適にしてくれるかという体験価値であることを示していると考える。
こうした調査結果から見えてくるのは、需要の存在自体には疑いの余地がなく、むしろそれを受け止める柔軟な供給体制が不足しているというミスマッチの構図である。制度面や意識面での柔軟性を高め、多様な人材がガイドとして関われる仕組みを整備することが、今後の観光産業の成長にとって重要だと考える。
7.この課題をどう乗り越えるか
これまで述べてきたように、観光産業が抱える人材不足の背景には、単なる採用難にとどまらず、多様な人材が働きたくても働けない障壁が存在している。ガイドという職業においても、通訳案内士法の改正により制度的な柔軟性は進んだものの、現場では体制や社会的な認知が追いついておらず、人材の埋没や活用機会の損失が依然として続いている。
こうした現状を乗り越えるには、労働力確保という従来の発想を超え、誰もが自分のスキルや関心に応じて観光に関われる、より開かれた社会の実現に向けた価値観の転換が求められる。その実現に向けて必要となる制度・政策面での具体的な提言を、安心して働ける環境づくり、収益性の向上、サービスの高付加価値化、地域との共創の4つの視点から整理していく。
1つ目は、無資格ガイドが安心して働ける体制の構築である。
通訳案内士法の改正により無資格でも有償ガイドが可能となったものの、現場では未整備な点が多く、責任の所在や報酬体系、安全面での不安が残っており、折角、参入した人材が定着せず、持続的な活動にもつながらない可能性がある。
対策として、ガイド活動の質を担保するための教育機会の整備が必要である。語学や接遇、異文化理解、安全対策などを学べる短期研修やオンライン講座を提供し、誰でも基礎を身につけられる環境を整えることが望ましい。
併せて、ガイドとしてのスキルや経験値を可視化する仕組みも重要である。例えば、初心者、中級者、経験者など段階的なレベル表示を設け、利用者が安心してガイドを選べるようにする。これは、ガイド自身のモチベーション向上や自信にもつながると考える。
さらに、トラブル発生時の対応体制として、相談窓口の設置や雇用形態によって安心して働ける保険の明示も必要だと考える。ガイドと旅行者の双方が安心してサービスをやりとりできる環境をつくることが、サービスの信頼性を高め、柔軟な人材活用の基盤となると考える。
2つ目は、OTA依存からの脱却である。現在、あらゆるインバウンド向けサービスはOTAを通じて販売されていることが多いが、20%程度の高い手数料をOTAに支払う必要があり、収益性が低くなる要因となっている。さらに、これらのOTAの多くは外資系企業であり、インバウンド市場の拡大が日本国内の経済に十分に還元されていないという構造的な課題もある。
このような状況では、魅力的なツアーを提供しても収益性が確保されず、ガイドサービスであればガイドへの還元も減少し、サービスの質が低下するという悪循環が生まれる。実際、送迎サービスにおいては、一部OTAで認可運賃を下回る価格の商品も見られ、適正価格が守られていない傾向がある。
この課題を打開する有効な手段として、動画を活用した直接集客が挙げられる。特にガイド業においては、信頼感や人間性がサービス選定に直結するため、ガイド自身の人柄や雰囲気が伝わる動画コンテンツは強力な武器となる。中でもYouTubeは無料で世界に発信できるうえ、視聴数に応じた広告収入も得られるなど、自立的なマーケティングとマネタイズの両立が可能である。
観光庁の「インバウンド消費動向調査」によれば、旅前の情報収集において動画が役立ったと回答した訪日外国人は2023年時点で40・1%(表2)にのぼり、全カテゴリ中で1位となっている。2019年の16%と比べて、4年間で150%の成長率を示しており、今後さらに重要性が増すと考えられる。特にアメリカ、カナダ、オーストラリアは、YouTubeの総再生数・再生単価ともに世界トップクラスであり、英語という共通言語での情報発信が可能である点からも、ターゲット市場として非常に魅力的である。
動画を通じて自らの価値を発信し、顧客と直接つながることができれば、高額な手数料に依存せずに安定した収益モデルの構築も可能となる。これは、持続可能なガイドビジネスの実現に向けた一つの有効な方向性である。
3つ目は、ガイドの強みや専門性を活かした付加価値型プランの創出である。ショッピングや歴史、建築、アニメ、グルメなど、個々のガイドが持つ知識や経験を生かしたテーマ型ツアーは、個別ニーズに応える特別感のある商品として注目されている。実際、私が都内のホテルと仕事をする中でも、専門性のあるガイドを紹介してほしいという要望は確実に増えている。
このようなプランは価格競争に巻き込まれにくく、1回あたりの単価を高めることができると考える。参考となる事例として、バチカン美術館の早朝ツアーがある。通常の入館料は20ユーロ(約3,500円)だが、一般客の入場前にゆっくりと鑑賞できる特別ツアーは、1人あたり6万円という約17倍の価格でも販売されている。過密な日中ではなく、静かな早朝にプライベートな体験を提供することに価値が生まれ、それに対して顧客は十分に対価を支払う意思がある。
同様のアプローチはガイドサービスにも応用可能である。ガイド自身の専門性を前面に出し、混雑を避けた時間帯や個別ニーズに応じた柔軟な体験設計を行うことで、価格競争に陥らない高付加価値型ツアーが実現できる。これは、ガイドや事業者にとっても収益性を高める有効な戦略となり得る。
4つ目は、地域と共創する観光モデルの構築である。特に産官学連携の形で、地域・行政・企業・教育機関が連携する取り組みが重要となる。その中でも学生や教育機関を巻き込むことは、将来の観光人材育成という観点からも大きな意義がある。
若い世代が現場に関わることで、観光産業への理解と関心が深まり、将来的に観光業界に進む人材が増える可能性がある。たとえガイド職に就かなくても、他業種から観光産業に関わる視点や、新たなイノベーションをもたらす担い手になるかもしれない。観光産業は、データや仕組みだけでは見えない現場のインサイトが重要であり、実際に人と人が交わる中でしか得られない、AIには代替できない価値が存在する。
このような現場の学びを学生のうちに体験できる機会を創出することは、若者にとっても、地域や観光業界にとっても大きな財産となる。共創によって得られる相互作用こそが、持続可能な観光の未来を支える原動力になる。
8.おわりに
今回、観光産業における人材不足の背景を、単なる労働力の不足ではなく、働きたい人が関わりにくいという構造にあると捉え直し、柔軟な人材活用の可能性について考察を行った。特に通訳案内士法の改正を契機とした無資格ガイドの台頭は、新たな担い手層の参入を促し、観光産業の供給基盤の多様化に寄与し始めている。
調査結果や現場でのヒアリングからも明らかになったのは、訪日外国人旅行者の多くが資格の有無よりも、自分の旅がどれだけ豊かになるかという体験価値を重視しているという点である。ガイドに求められるのは語学力や知識だけでなく、地元ならではの情報提供や安心感の醸成といった人間的な力であり、こうした資質は有資格者に限らず、多様な人材が発揮できるものである。
私は大学時代から現在に至るまで、14年間にわたり観光産業に関わってきた。その中で、スキルや熱意があるにもかかわらず、制度や環境の壁によって働けない、あるいは離れていかざるを得ない同僚や友人も数多く見てきた。観光の現場には、本来もっと多くの人が関われる可能性があり、そこにはまだ掘り起こされていない豊かな力が眠っている。
これからの観光産業に必要なのは、誰もが自分のスキルや関心に応じて関われる開かれた構造の実現である。ガイドという働き方を特定の資格や職種に限定せず、ライフステージや生活スタイルに応じて柔軟に関われる形へと進化させていくことで、より持続的で多様な観光の担い手を育むことができる。
私自身、今回の考察を通じて改めて感じたことを糧にしながら、今後のキャリアの中で観光産業の発展に貢献していきたい。立場や役割にとらわれず、自分にできる形で観光に関わり続けることで、少しでも多くの人がこの産業に魅力を感じ、関わりたいと思える環境づくりにも寄与していきたい。
※編注 紙面の都合により、表1~2、図2~6は割愛させていただきました。

村上祐太氏
【著者略歴】静岡県沼津市出身。2015年3月、桜美林大学ビジネスマネジメント学群卒業。新卒で株式会社JTBに入社し、都内企業や自治体への法人営業を担当。その後、株式会社ニューステクノロジーに所属し、旅行業務取扱管理者として訪日外国人向け新規事業開発に従事。2025年3月、立教大学大学院ビジネスデザイン研究科にてMBAを取得。





