長崎県平戸市の”レセプション機能”を備えた宿泊施設「The 曜 Terrace」
街全体を一つの宿泊施設に見立て、飲食や温浴、宿泊といった機能を地域内に分散させるイタリア発祥の観光まちづくりモデル「アルベルゴ・ディフーゾ(AD)」。アルベルゴは「宿」、ディフーゾは「分散した」を意味し、日本では「分散型の宿」「地域まるごとホテル」などと呼ばれている。今年6月、長崎県平戸市が同取り組みを推進する「アルベルゴ・ディフーゾタウン」として、公式団体のアルベルゴ・ディフーゾ・インターナショナルから世界初の認定を受けた。今回の特集では、認定に至るまでの経緯や、認定後の運営体制を紹介する。
今年6月、国内の2地域が続々認定 いずれも”世界初”
ADは、少子高齢化による街の過疎化やそれに伴う空き家問題などを観光産業で解決しようとする取り組みで、地域内の空き家を、街の「フロント」や「宿泊場所」として改修。レセプション機能を持つ中核拠点を起点に、宿泊施設やレストランなどを水平的に一体化させ、来訪者の域内周遊や地域住民との交流を促進する。ADの認証には、一つの事業者が一括して経営・管理すること、地域・地域文化と一体化した経営であることなど、10の要件を満たす必要がある。
中心拠点から半径200㍍以内に各施設が集約されるADに対し、新たなコンセプトとして「オスピタリタ・ディフーザ(OD)」も認知が広がりつつある。基本的な仕組みはADと同様だが、ODはより広範囲(おおむね半径1㌔)に分散された地域が一体となり、集落再生を実現したケースを指す。
今年6月には、蔵王農泊振興協議会の中核法人・株式会社ガイアが展開する「ガイアリゾート蔵王山水苑」(宮城県蔵王町)が、アルベルゴ・ディフーゾ・インターナショナル(Adi)より世界で初めてODの認証を受けた。
さらに、現在はADとODを計画・推進し、地域の持続・発展を目指す自治体に与えられる「アルベルゴ・ディフーゾタウン(ADT)」の認証も創設されており、同じく今年6月に長崎県平戸市が世界初のADTとして認証を受けた。
世界初のアルベルゴ・ディフーゾタウンになるまで
平戸市は2020年度、平戸城の「城泊」をスタート。観光庁の「歴史的資源を活用した観光まちづくり」に認定され、2022年に、地域の古民家や歴史的資源等を宿泊施設、飲食店などの観光事業や商店街振興、地域活性化につなげる「世界初のアルベルゴ・ディフーゾタウン」認証に向けた取り組みを開始した。
2023年度には観光庁の「歴史的資源を活用した観光まちづくり推進事業(事業化支援及びモデル創出)」の支援を受け、調査事業に着手。24年度には「平戸市アルベルゴ・ディフーゾタウン」計画書の策定を行い、観光庁の観光振興事業費補助金なども活用しながら「城下町エリア」「田助エリア」の2地区をODとして整備。世界初のADT自治体として、今年6月に認証を受けるに至った。

平戸市内で「アルベルゴ・ディフーゾ」を推進する2エリア(平戸市公式サイトから)
平戸市アルベルゴ・ディフーゾの宿泊施設
現在の「城下町エリア」「田助エリア」では、宿泊施設3軒、飲食店3店の計6施設が営業している。このうち、城下町エリアの宿泊施設「The 曜 Terrace」(ザ・テラス)と「甚兵衛亭」(じんべえてい)は、新規事業の取り組みの一つとして空き家などの不動産利活用を手掛ける株式会社サンセイランディックが改修。施設運営は、平戸城の城泊で運営実績のある株式会社狼煙が担当している。

「城下町エリア」の地図(平戸市公式サイトから)
The 曜 Terraceは、2025年6月1日に開業。平戸市の海の玄関口・平戸港の中心部に位置し、レセプション機能を持つ拠点となっている。もとは200年以上前に建てられた米蔵で、昨年まで建物内で土産物店を営業していた前所有者から物件を引き受け、城下町エリアのフロント機能を兼ねた施設に改修。施設内中心部は総合受け付けや土産物店、カフェが入り、その両側にメゾネットタイプの客室2部屋を併設した。1部屋当たり最大4人まで宿泊可能。

長崎県平戸市の”レセプション機能”を備えた宿泊施設「The 曜 Terrace」の外観

「The 曜 Terrace」の客室
甚兵衛亭は、今年7月に開業。空き家となっていた平戸藩の上級武士の元自邸敷地を建物一棟ごと貸切できる宿泊施設に改修した。5部屋を備えており、複数の家族でシェアしたり、さまざまな集まりに利用することもできる。当時、敷地内に月見櫓があったとされる場所には、プライベートサウナに置き換えた。サウナからは海を挟んで平戸城を眺めることができる。

「甚兵衛亭」の客室

「甚兵衛亭」サウナ内からの景色
2施設の改修を手掛けたサンセイランディックは、約4年前に「地域活性化推進室」を創設。不動産の権利調整などで培ったノウハウを、国内各地域で問題になっている空き家の有効活用に生かす取り組みを行っている。平戸市が本格的に調査事業に乗り出した23年度、同社は平戸市と地域活性化の連携協定を締結。平戸市におけるADの主要メンバーとして参画している。
アルベルゴ・ディフーゾにおける宿泊施設運営
ADにおける施設運営は、複数の事業者が協力して行う。
The 曜 Terraceに関しては、宿は狼煙、土産物店は平戸市観光協会が担当。施設の前には観光バスも駐車可能な駐車場があるため、観光客が駐車場に到着すると、観光協会のスタッフが周辺の観光案内や食事施設の提案を行う。
宿泊客が到着した際は、チェックイン時間に合わせて狼煙のスタッフが来館対応。観光の目的や食事の希望などをヒアリングし、宿泊客の希望に応じた観光プランを提案する。ADでは泊食分離が基本となるため、周辺飲食店への提案や案内も、宿泊施設の大きな役割となる。
施設運営を手掛ける狼煙の矢柄亮直氏によると、開業後は台湾や香港からの観光客も多く、最近はこれらのインバウンド客がレンタカーや観光バスで訪れるケースが増えているという。
来年以降はさらに新しく2施設が開業予定。今後もThe 曜 Terraceを拠点施設にするかは、今後市と調整を進めていくとしている。
世界初のADTとして、平戸市はどのように周辺事業者や住民と連携を図っているのか。市の観光課担当者によると、ADT事業者へのハード面の支援のほかに、ソフト面の連携として、商店主、商工団体、DMOなどで組織した「アルベルゴ・ディフーゾおもてなし協議会」を組織し、商店街全体でおもてなしの向上を行っているという。
ADT認定後は事業に対する問い合わせが増えているようで、参画の意思がある事業者が多数みられている。視察についても、県議会、九州内の市町、建築家協会など、各種機関から視察や問い合わせがあるという。
注目を集める一方、運営人員の確保など課題も
一方、ADTは世界初の事例ということもあり、課題も抱えている。運営に係る人材確保や、誘客への情報発信、地域との連携強化などがその代表例だ。市としては、まずADTとしての取り組み全体を知ってもらうためのプロモーションを行っている状況で、城泊も含め各種機関への情報発信に注力しているという。
2025年度は、インバウンドや長期滞在旅行者の誘致をはじめ、ADTを絡めたデジタルノマド誘致も推進しており、城下町エリアにおいて2棟の施設改修、大島神浦エリアでは、事業化に向けた調査を行う予定としている。事業を通して、空き家・空き店舗の課題解決、地域活性化、観光誘客につなげていきたいとコメントしている。




