【観光経済新聞創刊75周年記念論文コンテスト佳作】誰もが安心できる心の居場所 小西琉偉氏


小西琉偉氏

 私の母は、私が小学生の頃にうつ病を発症し、それ以降、長く深刻な精神的苦痛と向き合う生活を余儀なくされた。以前とはまるで違い、ベッドから起き上がれず、家族の問いかけにも応じられず、感情の起伏も乏しくなっていった。時折、「もう消えてしまいたい」と涙ながらに漏らす母のそばで、私はただ立ち尽くすしかなかった。「なぜ母はこんなにも苦しいのか」「どうして誰も助けられないのか」と、幼い私は漠然とした不安と無力感に包まれていた。

 母の痛みは目に見えず、「気の持ちよう」「甘え」といった言葉で切り捨てられることもあった。精神疾患がどれほど孤独で静かに人を蝕むものか―私はそれを家庭という最も身近な場所で知った。振り返れば、育児の重圧、社会との断絶、単調な日々の中での孤独感など、複数の要因が母を追いつめていた。「母親は我慢すべき」という見えない圧力が、彼女の心を徐々に閉ざしていったのだと思う。精神的不調は、個人の問題にとどまらず、家庭や社会の構造とも深く関係していることを実感した。

 母の発症以降、私の中には一つの問いが芽生えた。「もっと早く適切な支援や環境の変化があれば、母の苦しみはここまで深刻にならなかったのではないか」。通院や薬だけでは届かない空白をどう埋めるのか。誰もが追いつめられる前に「休む」ことを選べる社会をつくるには、どんな支援が必要なのか。母の姿を通して、私は精神疾患の治療や支援のあり方に関心を持ち、日本社会における「心の問題」について深く考えるようになった。

 近年の若者の自殺率の上昇は深刻である。厚生労働省の『令和五年 人口動態統計月報年計の概況』によれば、日本における一〇~三九歳の死因の第一位は自殺であり、その背景には、うつ病や不安障害などの精神疾患が大きく関係しているとされている。また、テクノロジー社会の加速、気候変動に対する将来不安、経済格差の拡大といった構造的課題も、精神的疲弊に拍車をかけている。こうした複合的な要因が絡み合うなかで、自殺率が今後さらに上昇する可能性を示唆する研究も発表されており、社会全体として早急な対策が求められている。

 実際、二〇二三年時点で精神疾患を有する患者数は約六〇三万人にのぼっており、特に気分障害やストレス関連障害の増加が目立っている。この増加には、医療アクセスの改善や精神疾患に対する社会的理解の広がりといった肯定的な要素もあるが、それだけでは説明しきれない。実体経済の不安定さや生活基盤の脆弱さといった、社会構造に根ざす深刻な問題も背景にある。こうした現状を前にして、私たちは「自己責任」の枠組みを超え、誰もが「休む」ことを肯定的に選べる社会の実現に向けて、制度・文化の両面から支え合う必要があるのではないだろうか。

 私は日本の精神医療現場に強い関心を持ち、精神科病院を訪問し医療従事者や当事者にインタビューする中で、現代の精神医療が抱える構造的課題が明確になった。現在の日本の精神医療制度は病院中心主義で、患者の隔離・収容に偏り、「閉鎖性」と「長期入院の常態化」が回復を妨げている。

 ある当事者は、身体的拘束を受けた経験を「悪いことをしたと思い込んでしまい、苦しかった」と語った。拘束や隔離が「治療」の名の下に行われながら、心に深い傷を残していることは見過ごせない。日本の精神科病床数は世界でも突出し、患者の平均在院日数は二〇一八年に二七五日と長く、制度的に患者を施設依存に誘導し、退院後の社会復帰を困難にしているのだろう。

 また病棟では個人の尊厳やプライバシーが軽視され、看護師や医師とのやりとりも形式化し、「処置」や「監視」が優先されるため、患者は自己の存在意義を見失い人格が曖昧になってしまう。一九七三年のローゼンハン実験も、精神医療の「人格喪失」を象徴的に示している。私物管理の制限で「私は患者」との自己認識が強化され、回復ではなく自己否定が進んでしまうのだ。この構造は現在の日本の精神医療にも見られる。

 こうした課題の中、私はイタリア・トリエステの地域包括ケアモデルに出会った。イタリアでは、一九七八年のバザーリア法で精神病院の段階的廃止が始まり、一九九九年には公立精神科病院が公式に廃止され、「精神病院のない社会」が実現した。治療と生活支援の重心は病院から地域へ移り、医療のあり方が根本的に変わった。WHOもトリエステを「脱施設化と地域精神保健ケアのパイロット地区」として高く評価している。ここでは患者を隔離せず、地域社会の一員として尊厳ある暮らしを送ることが基本とされているのだ。

 私はこの脱施設化の取り組みに強く関心を抱き、自ら現地を調査したいという思いから、イタリア近隣のマルタ共和国へと留学した。留学先では、トリエステの実践例について学ぶ機会に恵まれ、現地の福祉関係者や研究者から直接話を聞くこともできた。印象的だったのは、トリエステにおける「社会的協同組合」の存在である。これらの協同組合は、精神障害者を含む就労困難な人々を包摂し、レストランやカフェ、社会的ホテル、公的機関、医療施設、美術館、劇場など、さまざまな分野で雇用の場を提供している。単なる「職場」ではなく、働く人々が対等な立場で共同経営に参加し、意思決定にも関与できる場として機能している。協同組合の関係性は、従来のヒエラルキー的な職場とは異なり、フラットで民主的である。障害の有無にかかわらず、誰もが「一人の労働者」として尊重され、自己決定権をもつ主体として迎え入れられているところに感動した。

 このように精神医療の課題を考える中で、私は医療とは全く別の分野、すなわち「宿泊業界」に目を向けた。

 宿泊業界は日本の地方経済の重要な柱の一つであるが、その経営構造は「需要の平準化」という根本的かつ構造的な問題に長年苦しめられている。季節や曜日、天候、地域イベントといった外的要因に大きく左右される宿泊需要は変動が激しく、年間を通じて安定した稼働率を維持するのは容易ではない。

 特に地方の旅館やホテルは、ゴールデンウィークやお盆、年末年始といった繁忙期に収益の大半を依存する「ピーク集中型」の経営構造が一般的であり、平日の閑散期には稼働率が三〇%台まで落ち込むことも珍しくない。観光庁の「宿泊旅行統計調査報告(二〇二四年)」によれば、全国平均の年間稼働率は約六〇%にとどまり、多くの施設が空室を抱えたまま運営を余儀なくされている。こうした需要の変動は、売上の不安定化にとどまらず、人材確保の難しさや人件費の無駄、食材ロスなど、運営の多方面に悪影響を及ぼす。経営者は繁忙期に合わせて人員を確保する必要があるため、閑散期には過剰雇用となり、非効率が常態化しているのだ。

 さらに、異常気象やパンデミックなど予測困難な事象が頻発する現代では、従来の対策だけで宿泊業界全体の持続可能性を維持するのは困難になっている。一見すると無関係に思えるこの問題と、日本の精神医療における「閉鎖的な環境からの脱却」という課題の間には、共通する社会的テーマが存在すると私は考える。それは、「多様なニーズに柔軟に応え、誰もが自分らしく過ごせる居場所をどう創り出すか」という問いである。

 精神医療の分野では、トリエステの脱施設化モデルに見られるように、患者の尊厳を守りつつ、地域のなかで共に生きる社会の実現が模索されている。同様に宿泊業界でも、繁忙期への依存から脱却し、地域社会や利用者の多様なニーズと結びついた「新たな宿泊需要」を生み出すことが求められている。それにより、稼働率の平準化を図り、持続可能で質の高いサービスの提供という社会的使命を果たすことが期待される。

 こうして医療と観光という異なる分野を横断して考えた結果、私は社会の多様な課題に対し、部門を超えた総合的な支援の仕組みを構築することの重要性を痛感するようになった。誰もが安心して休める場所や仕事の場を持ち、精神的・経済的に安定した暮らしを送ることができる社会。その実現に向けて、具体的な解決策を模索した。

 私は、本稿で、精神医療の「閉鎖性」と宿泊業界の「需要の平準化」という二つの異なる社会的課題に注目し、その解決を目指して「宿泊型メンタルケアホテル構想」を提案する。

 このプログラムでは、都市部や家庭内の閉塞感や社会的孤立に苦しむ人々が、自然環境に恵まれた地方の宿泊施設に一週間から三週間程度滞在し、安全かつ安心できる空間で心身の回復を図ることを中心に据えている。滞在中は、参加者が無理なく他者と関わりを持てるように、アートセラピーや農業体験、アニマルセラピーといったワークショップを提供するほか、地域清掃や高齢者との交流などの社会貢献活動への参加も段階的に促す。

 これにより、利用者は自己の存在が誰かの役に立っているという感覚を再び得ることができ、社会とのつながりを取り戻す第一歩となることが期待される。また、こうした取り組みは、宿泊業界の課題である需要の季節変動や稼働率の低迷といった構造的問題の解決にも寄与する。地域社会と連携しながら、多様な利用者に対して通年で安定的な宿泊ニーズを創出できる点が、本構想の重要な特徴である。

 医療と宿泊業界の連携を円滑に進めるには、厚生労働省が中央調整機関として、精神的困難を抱える人々の休養や再起を支援できる宿泊施設を選定することが不可欠である。精神疾患の治療では、医療的介入だけでなく、「環境との適合性」が重要とされている。そのため、精神科医や臨床心理士、看護師らによる多職種チームが現地調査を行い、施設や周辺環境を総合的に評価する体制が必要である。

 評価の視点には、衛生管理、安全対策、プライバシーの確保、静穏な環境、自然環境やアクセスの良さ、医療・福祉機関との連携可能性などが含まれる。一定基準を満たす施設には専門家の推薦を経て認証を与え、政府からの補助金を支給する仕組みを整えることで、施設の負担軽減とサービス向上の両立が図れる。

 補助金の活用は、特に地方に多く存在する老朽化が進んだ宿泊施設に対して有効であり、療養環境に適した設備改修やバリアフリー対応、最新のICT環境の導入などに充てられることで、宿泊施設自体の魅力向上と機能強化が期待される。これにより、単なる休養場所の提供にとどまらず、地域の観光資源の再生や活性化と連動し、地域の過疎化対策や観光需要の平準化といった国家的な政策目標と整合性を持つ相乗効果が生まれる。

 加えて、既存の観光関連施策である観光庁の「ウェルネス・ツーリズム推進事業」や「長期滞在型保養施設整備事業」との連携を図ることも可能であり、異なる政策間の枠組みを横断的に活用しながら、効果的な支援体制の構築を目指すことが望ましい。経済面では、地方自治体や教育機関、民間企業、さらには福祉団体との連携による費用補助の仕組み作りや、企業のCSR活動との統合を図ることも検討されている。このように、公的支援と民間の活力が融合した持続可能なビジネスモデルの確立が期待されている。

 精神疾患を抱える個人に対しては、かかりつけの精神科医による診断・評価を踏まえた上で、その人が置かれている生活環境の状況―家庭や職場、地域社会におけるストレス要因や支援体制―を詳細に分析し、それぞれのニーズに合った「個別化プログラム」を策定することが重要となる。プログラムの策定に際しては、多職種の専門家が協働し、利用者本人やその家族の意向も尊重した柔軟かつ実践的な計画が求められる。

 さらに、策定されたプログラムに基づき、協定を結んだ宿泊施設の中から、利用者の症状や生活リズムに適した最適な滞在期間や時期を割り当てる。この際、宿泊業界が長年抱えてきた「季節的偏在性」つまり閑散期の売上減少という課題を踏まえ、繁忙期を避けた閑散期の活用を促進することで、宿泊施設の稼働率向上と経営の安定化にも寄与することが期待される。

 加えて、補助金の支給に関しては、利用者の経済的な状況や医療的必要度を踏まえ、段階的な支給体系を設けることが重要である。この仕組みは、限られた財源を最も支援を必要とする層に適切かつ公平に配分することを目的としており、社会的公正性の確保につながる。こうした制度設計によって、支援対象者が公平かつ効率的にサービスを享受できる環境が整備され、サービスの信頼性と持続可能性の向上が期待される。

 本アイデアでは、利用者の心理的および身体的状態に応じたプログラムを大きく三段階に分類し、多様なニーズに柔軟に対応しつつ、宿泊施設の収益安定化も図る構想である。第一段階の「(1)医療連携型」は、精神疾患の診断を受けた方を対象に、主治医の推薦状を必須とし、医療機関と連携しながらサービスを提供するモデルである。ここでは政府からの助成金を受けつつ、最終的には医療保険や介護保険の一部適用を視野に入れ、治療の一環として宿泊型ケアを位置づけることを目指す。

 本稿では、この「(1)医療連携型」を中心に据え、宿泊施設を活用した療養の有効性を示すが、将来的には対象の裾野を広げて「(2)予防介入型」や「(3)ウェルネス型」へと展開していくことを想定している。

 第二段階の「(2)予防介入型」は、軽度のメンタル不調や都市生活における疲労感を感じる人々を主な対象とし、企業の健康保険組合やEAP(従業員支援プログラム)と連携することで、ストレスの早期介入や心身のリフレッシュを目的とした滞在プログラムを提供する。ここでは医療保険の適用は想定されず、比較的自由度の高いサービス設計が可能となる。

 第三段階の「(3)ウェルネス型」は、より健康意識の高い一般層を対象に、完全自費による高付加価値の滞在型サービスを提供し、ブランド価値の向上と収益性の確保を目指す。この段階では、宿泊施設としての快適さや多様なウェルネスプログラムの提供を強化し、顧客満足度の向上に注力することが想定される。

 これら三段階のプログラムは、利用者の個人申込みを原則として受け付けず、提携する医療機関や旅行代理店、企業の健康管理部門などを通じてのみ参加可能とする制度設計を採用する。こうすることで、サービスの利用に際して一定の信頼性と安全性を担保できるとともに、提携ホテルの閑散期に合わせた利用者ニーズを創出し、空室ベッドや施設リソースの有効活用が図られる。この仕組みは、サービス全体の質の維持と継続的な運営基盤の強化にも寄与すると期待される。

 ただし、実際の運用にあたっては、精神疾患患者の受け入れに対して、他の宿泊客や地域住民への影響を懸念する宿泊業者の声が根強く、多くの施設で受け入れ拒否の可能性が存在する。この課題を解決し、ホテル側の安心感と信頼を高めるためには、定期的な精神科医師による訪問診察の実施や、看護師、メンタルヘルス支援員の常駐体制の構築が不可欠である。これにより、宿泊者本人の安全確保が図られると同時に、ホテルスタッフの心理的負担や不安も軽減され、全体として安定した運営が可能となる。

 また、本プログラムの利便性と効果を高めるために、患者が日常的に診療を受けている主治医と滞在先からオンラインで連携できる遠隔医療システムの導入も検討されている。このシステムは、診療の継続性を保ちながら、異なる場所にいる医療スタッフ同士の情報共有を円滑にし、緊急時の対応も迅速に行うことを可能にするものである。

 さらに、近年注目を集めているAI技術の応用として、感情認識AIやデジタル・フェノタイピングと呼ばれる手法が導入候補に挙げられている。これらは、表情や声のトーン、移動履歴、睡眠時間などの多様な日常行動データをリアルタイムに解析することで、精神状態の微細な変化を予測し、未然に症状の悪化を防ぐことを目指している。こうした先端技術の活用により、従来の定期診察に加えて、きめ細やかな健康管理が実現できる可能性がある。

 プログラムの効果検証のためには、多面的な評価指標を導入することが不可欠である。具体的には、生理的側面の指標としてウェアラブルデバイスを用いて睡眠の質や心拍変動(HRV)の改善状況を測定し、心理的側面では、うつ症状の評価尺度(PHQ―9)や不安症状の評価尺度(GAD―7)を用いて、プログラム実施前後の症状変化を定量的に評価する。これにより、客観的かつ科学的根拠に基づく個別最適な療養環境の設計と改善が可能となる。

 このような最先端技術の導入は、現場の慢性的な人手不足の補完となるだけでなく、利用者一人ひとりの状態に合わせたパーソナライズされたケアの実現を後押しし、質の高い支援サービスの提供を支える基盤となることが期待される。

 図一には、本提案の構成要素および基本的な枠組みを視覚的に整理し、全体像を俯瞰できるように示している。

 「精神科病院での療養で十分ではないか」という指摘もある。しかし、図2に示す通り、病院療養と比較して、地方ホテルを活用した療養にはいくつかの明確な優位性がある。特に、ホテルは閉鎖的な病棟環境とは異なり、個人の自由とプライバシーを尊重しながらも、安心できる空間を提供できる点が大きい。さらに、環境心理学の研究によれば、自然光や緑の景観、開放的な空間といった物理的環境要因が、ストレスの軽減や心理的回復に有効であることが実証されている。したがって、自然や落ち着いた空間に囲まれたホテルでの滞在は、精神的回復を促す上で有利な環境といえる。

 本提案は、精神疾患に対する従来の医療モデル――診断・投薬・通院といった「治療」中心のアプローチ――に対する補完的な選択肢として、「生活環境起点の回復」を目指す新たなモデルである。心の病は脳内の神経伝達物質の異常だけでなく、人間関係や生活リズム、アイデンティティの揺らぎといった複合的な要因と深く関係している。本プログラムは、個別カウンセリングや集団療法ではなく、「生活空間の転換」というマクロ的手法によって、これらの課題に応答する。

 結論として、本プログラムは医療・教育・観光・福祉といった分野を横断するインターディシプリナリーな取り組みであり、従来の「治療モデル」から「生活再設計モデル」への転換を促す試みである。それは、精神的困難を個人の問題にとどめず、社会全体で支えるというパラダイムの転換を意味する。同時に、地域・企業・個人が交差する「共生空間」として、ホテルの新たな可能性を切り開くものである。今、私たちに求められているのは、若者が「自分を見つめ直し、もう一度社会へと歩み出すための空間」を、制度ではなくアイデアと連帯によって創り出すことだ。人間の回復は、薬ではなく、希望によって導かれることもある。「社会がその希望をいかに設計できるか」がこの構想の根本にある。

 

終わりに

 私は「精神病」は誰にでも起こり得ることで、特別な人だけの問題ではないと考えている。現代社会は見えない競争や期待に常にさらされ、孤立しやすい環境だからだ。母もその中で苦しんだ一人だった。

 母は決して弱くはなく、強い責任感を持ち家族を守ろうとしていた。しかし、子育てや家事の重圧、社会とのつながりの希薄さ、自分の時間がなくなる日常に心が徐々に疲れていった。彼女の口にした「逃げ場がない」という言葉が忘れられない。うつ病は「我慢できない人」の病ではなく、「我慢しすぎる人」が陥るものだと痛感した。

 世間には「うつは甘え」「心が弱い人がなる病気」といった偏見が根強いが、実際は真面目で責任感が強く、他者の期待に応えようとして無理を重ねる人が多い。そうした誤解は当事者を追い詰めるだけだ。だからこそ、「うつ病は個人の問題ではなく、環境や社会の影響によって生まれ維持される」という視点を広く共有すべきだと感じている。

 この考えを深めたのは、マルタで出会った元看護師のレンカさんの言葉だった。彼女は「本当に必要なのは薬や治療だけでなく、安心して呼吸でき、自分が肯定される場所だ」と語った。この言葉は私の心に深く響いた。

 人は環境に傷つくこともあれば、環境に癒されることもある。回復とは単に病が治ることではなく、「自分らしさを取り戻し、もう一度人生を生きること」だ。そのためには、居心地の良い空間や優しい眼差し、「ここにいていい」と感じられる時間が必要だ。頑張りすぎて疲れた人が自分を責めずに休める「第三の居場所」が、今の社会に求められている。その場所は、従来の閉鎖的な精神病院とは異なり、開かれた柔らかい場であるべきだ。精神疾患の療養に最も必要なのは、「自分を取り戻す」ための時間と空間である。そこでは、安心できる環境や自然とのふれあい、多様な人々との交流が心の回復を支える。宿泊業界と医療業界が連携し、専門ケアと快適な宿泊を融合した『メンタルケアホテル』が、「逃げ場」として機能し、自分を大切にできる社会の一助となることを願っている。


小西琉偉氏

 【著者略歴】18歳、高校3年生、滋賀県東近江市出身。2007年生まれ、現在近江兄弟社高等学校に在学。在学中に多数のコンテストで受賞経験を持つ。主な受賞歴は第36回知覧平和スピーチコンテストで最優秀賞、第35回永井隆平和賞で優秀賞、JICA国際協力高校生エッセイコンテスト関西所長賞、守破離KANSAI学生ビジネスアイデアコンテストで「情熱アイデア賞」、拓殖大学工学部ORANGE CUP 2025「アイデアのタネコンテスト」最優秀賞、「働くってなんだろうエッセイ」コンテスト特選(勤労青少年躍進会理事長賞)、関西大学ビジネスプラン・コンペティション(KUBIC2025)高校の部で優勝。 

 高校2年生時には文部科学省主催「トビタテ!留学ジャパン」に選ばれ、国費留学生としてマルタへ留学。現在、近江兄弟社高校の学生団体「Startup Lab1期」の共同代表および学生起業チーム「Look Book」の共同代表兼事業開発リーダーとして活動し、AIを活用した新しい教育アプリを開発中。

 
 
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