【私の視点 観光羅針盤 498】禍福は糾える縄の如し 石森秀三〈観光経済新聞11月10日号掲載コラム〉


 私事で恐縮であるが、先日80歳の誕生日を迎え、傘寿祝いの温泉旅行に夫婦で出掛けた。夫婦旅行は幸せであるが、至る所で訪日外国人があふれており、安らかに旅行を楽しむことができないのは残念であった。年金生活者にとっては旅行経費高騰によって、旅行そのものが高嶺の花になっているのは哀しい現実だ。

 私はインバウンドの隆盛化に伴って、「禍福は糾(あざな)える縄の如(ごと)し」ということを考え続けている。これは中国の古典『史記』に由来する故事成句であるが、禍(不幸)と福(幸福)は二本のわらをより合わせて作る縄の如くに互いに絡み合っている。さらに「禍は福を生み出し、福の中には禍が隠れている」という教えでもある。要するに観光には「禍福のインパクト」がつきものであり、地域における観光振興の在り方によって「福」をもたらすこともあれば、「禍」をもたらすこともあり得る。

 高市早苗首相は国会における所信表明演説で地域未来戦略の推進を表明したが、肝心の「観光」への言及はたった1回限りであった。所信表明では「人口減少に伴う人手不足の状況において外国人材を必要とする分野があることは事実です。インバウンド観光も重要です。しかし一部の外国人による違法行為やルールからの逸脱に対し、国民の皆さまが不安や不公平を感じる状況が生じていることもまた事実です」と述べている。観光は本来「地域活力の源泉」であり、少子高齢化に伴う地方創生において重要な役割を果たし得るが、高市首相は「観光の禍」の側面を重視しており、「観光の福」の側面を軽視しているのは極めて残念である。

 自公連立政権(特に安倍政権・菅政権)では自民党重鎮の二階俊博氏と菅義偉氏の主導の下で、訪日客の量的拡大志向と稼ぐ観光志向のインバウンド観光立国政策が強力に推進されてきた。要するに観光が生み出す「福」を最大化する政策展開がなされた。しかし、観光振興に懐疑的な高市首相の登場で、従来通りのインバウンド観光立国政策の行方が不透明になっている。

 高市首相は「観光の禍」に対する具体的施策を明言していないが、自民党と閣外協力を組む「日本維新の会」代表の吉村洋文・大阪府知事はオーバーツーリズム対策について明確な提言を行っている。

 吉村知事は「訪日外国人向けの消費税免税制度を廃止すべき」という考えを表明し、国に要望している。2023年の免税購入額は1兆5855億円なので、免税廃止で得られる税収(約1600億円規模)をオーバーツーリズム対策や子育て支援などに充当すべきと提言。さらに現行の国際観光旅客税(出国税)一律千円についても5千円に増額し、税収増分を観光分野で活用すべきと提言している。

 日本が数多くの内憂外患を抱える中で、政府は観光立国の原点(住んでよし、訪れてよしの国づくり)に基づいて観光立国政策の抜本的見直しを行うべきである。それとともに、地方においては政府の言いなりの観光振興ではなく、「地域の民産官学の賢明な協働」によって、それぞれの地域に最もふさわしい観光振興の在り方(地域に「禍」ではなく「福」をもたらす観光の在り方)を再検討すべき絶好の機会が到来している。

(北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)

 
 
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