「30年来の友人から折り入って相談があると言われました。判断を間違えるわけにはいかないので同席していただけませんか」。
十数年前、企業再生に取り組み債務圧縮・買戻しまで完璧に行ったホテルの社長からの電話。次回訪問の折にミーティングを行うことにした。
金融機関、善意の支援者、相続、不動産などが絡み合う複雑極まりない相談を終え、「難しいことはいっとき忘れて楽しく食事にしましょう」ということでレストランに席を移す。そこではそれぞれのいろんな昔話に花が咲いた。
「古い仲間はやっぱりいいなあ」「俺たちもなんだかんだ言って20年くらいたったよな」などと来し方を懐かしみ行く末を語り合う。花桃が盛りの信州の晩春。40年たっても清潔感を失わない建物の中で、30年物のリーデルに注がれたワインを傾けながら、心地よい宵が過ぎていった。
新しいということはそれだけで美しく魅力的だったりするが、古いことでこそ感じられる味わいが間違いなく存在する。
就職祝いに作ってもらった革のケースに入った小さな印鑑。当時は実印として登録していたもの。実印の役目は大きな後釜に譲ったが、今でも普通に活躍している。
結婚前にもらった黒い革の長財布。いつもカバンの中に入っているので今でも現役。たくさん入れたことがないことも長持ちの秘訣だろうか。
結婚した時に頂いたロックグラスとワイングラス。左党のあるじゆえ普段使いされている割には長持ちしてくれている。
1度目の転職の時に買った名刺入れ。銀行員時代に使っていたものがぼろぼろになっていたので銀座の老舗文房具店で購入した。明るい茶色だったものがあめ色に変わって光っている。
2度目の転職の時に仕入れた深い緑色をしたカードケース。中が少しべとついたりしたときはベビーパウダーを薄く塗れば復活してくれる。
少しだけ余裕ができたころから家族の一員だった赤い乗用車は30年以上が経過し、グレーの後釜に席を譲った。後釜も10年が経過したが、素敵な整備屋さんと出会えたのでまだまだ現役が続くだろうと思う。
4度目の職業替えのころ、今から20年前に買った黒い革の靴。若かったころ、靴は履きつぶして何ぼと思っていたことが懐かしく思い出される。お金のありがたみが分かるにつれて、夏、冬、合い、雨、とそろえて履くたびに手入れするようになっていた。しばらく休ませてやると高価なものでなくても10年以上しっかりと働いてくれる。
人が生きてゆくため、会社を経営してゆくためには人・物・金・情報は欠かすことができない。新しい人と出会い、新しい物を駆使し、ニューマネーを投入し、あふれる情報の中から必要な情報を選択してしっかりと前に進みたい。しかしその時、自分の根本を支えてくれるのは、まっすぐな志、古くからの仲間、使い慣れたギア、心の貯金、培ってきた経験、そして家族なんじゃないかと思う。
(EHS研究所会長)




