訪日外国人客数は過去最高のペースで推移し、宿泊業界はかつてない活況を呈しているように見える。8月単月でバブル期を上回る過去最高の売り上げを記録したという旅館・ホテルの話も聞かれる。一見すると、平成バブルの再来を思わせるが、その一方で、地域を代表する老舗旅館の倒産が相次ぐなど、業界の二極化が急速に進んでいる。
今回コラムでは、外部環境が好調に見えるにもかかわらず、業績が思うように向上しない旅館・ホテル経営者の方々に向けて、経営不振のメカニズムとその改善策について解説していきたい。
経営不振の根幹となり、業績の優劣を左右する要因は多岐にわたるが、まず注目すべきは「人材」である。近年、好調な旅館チェーンでは応募者が殺到し、採用を制限せざるを得ないほどである。調理人を含め、豊富な人材プールの中から最適な人材を選定できる。一方で、募集をかけても応募がほとんど来ず、高額な求人広告費を投じても成果が上がらない施設もある。とりわけ地方の単館では、このような状況が散見される。応募者が少ないために採用の質が下がり、現場の士気やサービス品質も低下する。一部の従業員、特に調理人は、経営者に対して総上がりをほのめかすなど、調理場を実質的に人質のようにして賃上げを迫る事例も見られる。
両者の違いはどこにあるのか。大きく3点に整理できる。
第一に、「働く価値の見える化」ができているかどうかである。好調な施設は、単なる給与条件だけでなく、「この職場で何を学び、どのように成長できるのか」を明確に提示している。職場の雰囲気や経営者の理念、キャリア形成の仕組みを外部に発信し、求職者がここで働きたいと感じるストーリーを持っている。長野県のある施設では、里山体験や農業、アート、地域づくり、社会福祉など、旅館業務の枠を超えた高い視座を掲げた採用活動を行い、優秀な人材の確保に成功している。
第二に、「教育・評価制度の整備」である。採用後の育成計画が明確で、スタッフの貢献が正当に評価される環境を整えている施設は定着率が高く、人材が資産として循環していく。その点、単館経営の施設では、人件費として確保できる予算やポストが限られるため、人材育成や評価制度の運用に制約が生じやすい。事業の多角化や運営受託などにより、教育・評価制度が機能しやすい体制を整えることが望ましい。
第三に、「採用広報のデジタル化」である。SNSや動画など、オンラインを活用して魅力を発信している施設は、地方であっても全国から応募が集まる。前述の「働く価値の見える化」と組み合わせて取り組むことで、高い成果を上げることができるだろう。
人材の差は、やがて業績の差として現れる。優秀な人材が集まる施設では、時代に即した新たな取り組みや業務効率化をスピーディーに進められ、業績改善の成果を得やすい。一方、人が定着しない施設では教育コストと離職リスクが増大し、売り上げ・利益率ともに低下する。この「人材格差」こそが、宿泊業界の二極化をもたらす大きな要因の一つである。
(アルファコンサルティング代表取締役)




