AIは情熱を置き換えることはできない:限られたリソースで安全な意思決定を行い、旅行者を第一に考え、技術ではなく課題に焦点を当てよ。
Trip.com Group のCOOであるXing Xiongは、WiTの20周年カンファレンスにおいて、めったに公の場に姿を見せない彼が「エンジンルーム」から出て講演を行った。
テクノロジストからリーダーへと転身したXiongは、旅行業界で26年以上の経験を持ち、そのうちの過去10年間は、世界最大級のオンライン旅行会社の基盤を静かに形づくってきた。
冷静で、正確で、そして深く洞察的な彼は、混乱の中での舵取り、AIの限界、そして「人間の情熱」こそが旅行業界で最も代替不可能な資産である理由について語った。
以下は、WiT創設者Yeoh Siew Hoonとの対話からの主要なポイントである。
不確実性と規律のAI時代 The AI age of uncertainty—and discipline
「今、テクノロジーの話をすると、80〜90%の確率で“AI”という言葉が出てくるでしょう」とXiongは語った。「それは刺激的ですが、誰も本当の行き先を知らないのです。」
Xiongにとって、現在のAIブームは革新というよりも「取り残されることへの恐れ」に起因する部分が大きいという。
「人々は恐れているからこそ、数兆ドルもの投資が行われている。しかし未知の要素が多すぎる」と彼は言う。「我々の規模でも、リソースは限られている。だからこそ、安全な意思決定を行い、長期的な価値が見込めることに力を注ぐことが極めて重要なのです。」つまり、Trip.com Groupのような巨大企業であっても、「集中」と「自制」はスピードと同じくらい重要であるということだ。
商業のその先にある価値創造 Value creation beyond commerce
Xiongの哲学の中心には「テクノロジーを問題解決に使えば、商業的な成果は後からついてくる」という単純だが強力な原則がある。2024年に開催されたTrip独自の航空業界カンファレンスで、彼はこう語った。「航空会社、OTA、空港のいずれであっても、旅行者とエコシステム全体に価値を生み出すことが共通の利益です。」
しかし、それには意識の転換が必要だと続けた。「これまでのシステムは、保持や協調を前提に設計されていません。一社だけでは解決できない。航空会社、OTA、ITプロバイダー ― 皆が協力しなければなりません。」
Xiongは「真のイノベーションとは、人間が主導し、テクノロジーがそれを支えるものだ」と信じている。「協働への意欲、信頼、そして顧客を第一に考える姿勢――その両輪の組み合わせが大切です。最終的にテクノロジーが効率と信頼性を支えるものだとしても、最大の恩恵を受けるべきは旅行者なのです。」
1%にとらわれず、99%に目を向ける The 1% mindset shift
パートナー間の商業的な綱引きについて問われた際、Xiongは率直に答えた。
「1%の手数料にこだわって、残りの99%を見失うべきではありません。」
この一言が彼の世界観を端的に表している ― まずは根本を正せば、利益は後からついてくる。
「在庫」ではなく「雰囲気」を解く Solving for vibe, not just inventory
旅行者が「機能ではなく雰囲気(vibe)」を求めるようになる中で、Xiongは「答えはいつも通り、データ同期から始まる」と指摘した。
旅行をぎこちなくしている断片的なシステムを修正する必要性について、彼は情熱を込めて語った。「人々はデータ同期の重要性を過小評価しがちです。同期がなければシステムは破綻します。最初に技術設計を誤ったせいで、資本を浪費してしまうのです。」
このためTrip.com Groupは、「旅行の見えない配管」と彼が呼ぶ、標準化・接続性・データフローの課題解決に多額の投資を行っている。これこそが「コネクテッドトリップ(connected trip)」を可能にしている。
AI:脅威ではなく、力を与えるもの AI: Empowerment, not existential threat
世の中がAIの終末論を議論する中でも、Xiongは動じない。「AIは人類の進歩のマイルストーンのひとつにすぎません。置き換えではなく、力を与えるものなのです。顧客のニーズは変わっていません。人々は今も快適さを求め、より多くの世界を見たいと思っている。新しい技術は、それをより良く支援する手段にすぎません。」
次のフロンティアは「統合」 Unity as the next frontier
New Distribution Capability(新流通規格)からLCCシステムまで、業界の分断は依然としてアキレス腱となっている。Xiongはその解決策を「統合」と「協業」に見出している。「一見、単純な技術の問題のように見えるでしょう」と、Trip.com GroupがNavitaireと行っている取り組みを例に挙げながら彼は語った。「しかし実際は違います。航空会社、アグリゲーター、OTA――多くが十分に話し合っていない。世界中の旅行者がよりスムーズな体験を得られるよう、新しい標準が必要です。」
アジア太平洋:Tripの成長エンジン Asia Pacific: Trip’s engine of growth
2030年までに世界一のOTAを目指す中で、Xiongは成長の原動力がどこにあるかを明確に示した ― アジア太平洋地域である。「この地域は最も若い人口を抱え、最も速い経済成長を遂げています。そこに我々の投資と注力を集中させています。」Tripにとって中国はいまだ最大の収益源だが、今後はアウトバウンドだけでなくインバウンドも戦略的な優先事項になっている。
「チームにはインバウンドを3倍にするよう指示しています」と彼は述べた。
人間性への信頼 Faith in human nature
オーバーツーリズムの分散をTripがどのように支援できるかという質問に対して、Xiongの答えは意外にも人間的だった。「旅行者自身がそれを行うでしょう。情報は簡単に手に入るし、人々は自分の意志で新しい場所を見つけたくなるのです。」全員がこの意見に賛同するわけではないだろう。OTAにはデータとリーチがあるのだから、一定の誘導が必要だと考える者もいる。しかし、Xiongの答えは「好奇心への信頼」を示している。テクノロジーは探求を拡大するが、決してそれを支配するものではない。
テクノロジストとして導く:問題解決に集中せよ Leading as a technologist: Focus on solving problems
「会議室よりエンジンルームの方が落ち着く」と自認するエンジニアのXiongは、リーダーシップについても語った。「テクノロジストは、業界で最も難しい問題の解決に自らの知性を向けない限り、大きな価値を提供することはできません。問題解決こそが我々の中心的な役割です。そして常に心を開いていなければなりません――数年後には、AIではなく別のものを語っているでしょう。」この「問題解決」と「適応力」こそが、テクノロジストを時代に通用させるものだと彼は信じている。
AIは情熱を置き換えられない AI can’t replace passion
Trip.com GroupのAI駆動型カスタマーサービスは、その効率性で知られているが、Xiongはすぐにそれを支える人間の力を称えた。「AIは簡単な仕事をすでに引き受けました。しかし、人間に残された問題はより難しく、そしてより価値があるのです。」
彼は続けた。「AIには情熱がありません。情熱を持つのは人間です。問題を解決しようとする意志――それこそが私たちの最大の資産なのです。」
中国のテクノロジーと「人間のコード」 On Chinese tech and the human code
Xiongは、中国のテクノロジー革新がアプリケーション層では急速に進化している一方で、基幹ソフトウェアやチップ設計ではまだ追いつく段階にあると見ている。
しかし彼はこう語った。「今の世界には東も西もありません。テクノロジーはオープンソースであり、すべての人のものです。それは人類にとって素晴らしいことです。」次世代のテクノロジストに向けた彼の助言は、シンプルで普遍的だった。「より良い人間になりなさい。敬意を持ち、利他的で、協調を惜しまないこと。スキルは大切ですが、人間としての徳はもっと長く残ります。」
未来はより小さく、より個人的に The future is smaller and more personal
20年後にどんな旅行体験が消えると思うかと問われた際、Xiongは「大規模な団体旅行の終焉」を予測した。
「次世代の旅行者は、たとえ80歳になっても小グループやカスタマイズを好み、自分の意志で旅をしたいと思うでしょう。大規模ツアーは再定義されることになります。」
【出典:Phocuswire 翻訳記事提供:業界研究 世界の旅行産業】

        
        
        
        
        
        
        
        
        
        
        
        
        
        
        


