金銀銅の3カ国選手が表彰台で記念撮影
スポーツクライミングの新たな可能性と「共生」の未来像を提示する国際大会「IFSCクライミンググランドファイナルズ福岡2025」が、2025年10月23日から26日までの4日間、福岡県飯塚市の筑豊緑地公園(いいづかスポーツ・リゾート ザ・リトリート)で開催され、盛況のうちに幕を閉じた。

リードとボルダー壁が並ぶ大会会場
今大会は、シーズンの締めくくりであると同時に、競技の未来を切り開く先駆的な試みとして実施された。最大の注目は、日本で初めてパラクライミングの国際大会が同時開催された点だ。2028年ロス五輪でパラクライミングがパラリンピックの正式種目として初採用されることが決定しており、その試金石ともなる今大会に、国内外から大きな期待が寄せられた。
また、競技フォーマットも革新的だ。従来の個人戦中心のワールドカップとは異なり、男女混合の国別対抗戦(チームボルダー、チームリード)を導入。「多様性と革新性」を重視し、「共生」をテーマに掲げた今大会のハイライトの一つ、大会3日目(25日)に行われたボルダー決勝では、日本チームが圧巻のパフォーマンスで初代王者に輝いた。
未来を切り開く、革新と「共生」の舞台
「境界を超えて挑戦する」――。これが今大会のコンセプトだ。東京五輪で正式種目となり、パリ五輪を経て、ロス五輪で3度目の開催を迎えるスポーツクライミング。その人気と競技レベルが世界的に向上する一方で、IFSC(国際スポーツクライミング連盟)は、さらなる進化の形を模索している。
本大会は、その「実験の場」として位置づけられた。男女混合の国別対抗戦という新たなフォーマットは、個の力だけでなくチームとしての総合力と戦略を問い、観客にとっても応援のしがいがあるものとなった。
そして何より、日本初となったパラクライミング国際大会「IFSCパラクライミングマスター」の同時開催である。リード、ボルダー、パラクライミングのトップ選手が一堂に会し、同じ会場で競い合い、互いの健闘を称え合う。最終日には、健常者選手とパラ選手が混合チームを組むエキシビションも実施され、大会テーマである「共生」を象徴する光景が広がった。
スポーツ立県として知られる福岡県の支援のもと、飯塚市で開催された今大会は、包摂的で先進的な国際スポーツ大会のグローバルモデルとして、クライミングの力を通じて、すべての人が活躍できる社会の実現への大きな一歩を刻んだ。
現地取材を行った大会3日目(25日)は、今大会のテーマを最も色濃く体現する一日となった。
重力との戦い、パラクライミングが示す人間の可能性(大会3日目・午前)

義足で壁に挑むパラクライミング選手
午前9時、パラクライミングのワークセッション(練習ラウンド)が始まった。会場にそびえ立つのは、手前に大きく傾斜した高さ13mのリード壁だ。観客席から見上げるだけでも、その威圧感に足がすくむ。「本当にこの壁を登るのか」と。
パラクライミングは、障害の種類(視覚障害、身体機能障害など)によってカテゴリーが細かく分かれている。選手たちは、それぞれの身体的特性と戦略を駆使し、地球の強大な重力に挑んでいく。
下肢に障害がある選手の中には、義足を装着する選手や、ほぼ腕の力だけで13mの壁を登り切ろうとする選手もいる。彼らがホールド(突起物)を掴み、一歩一歩、確実に体を引き上げていく姿は、人間の持つ力の限界に挑戦する真剣勝負そのものだ。
視覚障害の選手はアイマスクを着用し、「サイトガイド」と呼ばれるパートナーの指示だけを頼りに登る。「12時の方向、カチ(小さいホールド)」「次は2時の方向、ガバ(持ちやすいホールド)」といった具体的な指示が会場に響く。選手とガイドの絶対的な信頼関係がなければ成立しない、まさに二人三脚のクライミングだ。

アイマスク着用し、慎重に登る視覚障害の選手
健常者のリード競技と異なり、パラリードではあらかじめ各所にロープが支点にかけられており、選手は安全確保の操作(ロープを自身で支点にかける動作)を必要とせず、純粋に「登る」ことに集中できる。
15分の制限時間内、選手たちは自らの限界を超えた体力と、ルートを攻略する知力を振り絞る。難所で小休止を入れ、次のムーブ(動き)を組み立て直す。その息を呑む瞬間に会場全体が包まれ、観客は固唾を飲んで見守る。一瞬も気を抜けない登攀に、思わず「頑張れ!」と、会場内からたくさんの声が漏れる。
ある日本のパラ選手は、「パラクライミングの魅力は、自分の障害と、目の前にある壁という障害を乗り越え、楽しみながら登っていく選手たちの姿。ぜひそれを見てほしい」と語った。世界トップクラスの実力を持つ日本選手たちが、この日も見事なクライミングを披露し、観客に大きな勇気を与えていた。
熱狂のボルダー決勝、日本が圧巻のパフォーマンスで優勝(大会3日目・午後)
午前の静かな緊張感から一転、午後2時、ボルダー決勝が始まると会場の雰囲気は一変した。満席となった観客席、DJが大音量で繰り出すビートが響き渡り、会場はさながらライブハウスのような熱気に包まれた。
ボルダー決勝は、予選を通過したアメリカ、韓国、イスラエル、そして日本の4カ国による国別対抗戦だ。日本チームは、パリ五輪銀メダリストの安楽宙斗、天笠颯太、東京五輪銀メダリストでチームキャプテンの野中生萌、そして中村真緒という強力な布陣で臨んだ。

パリ五輪金、エースの安楽選手 課題完登の瞬間

東京五輪銀、キャプテンの野中選手、課題完登の瞬間
ボルダリングは、ロープを付けずに高さ4~5mの壁に設定された複数の「課題(コース)」を登る競技。決勝は5つの課題で構成され、男女別に2回、最後に男女混合のミックス課題1回、計3回のチャレンジで総得点を競う。完登(両手で最後のホールドにタッチ)すれば25ポイントが与えられる。
第1課題から日本は好調な滑り出しを見せた。特に圧巻だったのは中村真緒選手だ。中村選手は、自身に割り当てられた3つの課題すべてを、わずかな試技(トライ)で次々と完登。満点のパフォーマンスでチームに大きく貢献し、会場のボルテージは最高潮に達した。安楽選手、野中選手、天笠選手も着実にポイントを重ね、ライバル国を引き離す。
勝敗を決定づける最終ミックス課題。日本からは安楽選手と中村選手が出場した。この時点で日本の優勝はほぼ確実となっていたが、二人は観客の期待に応え、このミックス課題も見事に完登。有終の美を飾り、日本の圧倒的勝利を決定づけた。
最終結果は、日本が優勝。2位には世界選手権王者を擁する強豪・韓国、3位にはイスラエルが入った。
競技終了後の表彰式。金メダルを胸にした日本チームの選手たちの笑顔が弾け、会場には日本の国歌が流れた。観客からの万雷の拍手が、初代王者の誕生を祝福した。

圧倒的な得点差で日本がボルダー初優勝
福岡・飯塚から発信された「共生」のメッセージ
4日間にわたる熱戦が幕を閉じた「IFSCクライミンググランドファイナルズ福岡2025」。2日目のリード決勝、最終日のパラ決勝、そしてエキシビションまで、大会は大きな盛り上がりを見せた。

3課題完登の中村選手、表彰式で笑顔
今大会の最大の成果は、健常者のトップクライマーとパラクライマーが同じ舞台で輝き、「共生」というテーマを世界に発信したことだろう。障害の有無にかかわらず、目の前の壁に挑むすべてのアスリートが互いを尊重し合う姿は、スポーツクライミングの新たな地平を切り開いた。
この飯塚での革新的な試みと、そこで得られたフィードバックは、今後のスポーツクライミング競技の未来、そしてオリンピック・パラリンピックのムーブメントそのものに、ポジティブな影響を与えていくに違いない。

金銀銅の3カ国選手が表彰台で記念撮影
【九州支局長 後田大輔】




