水明館の瀧社長
水明館(岐阜県・下呂温泉)の瀧康洋社長がこのほど、著書『下呂温泉価値創出プロジェクト―旅行客を惹(ひ)きつける観光改革』を幻冬舎メディアコンサルティングから発刊した。20年にわたる下呂温泉での官民連携やデータマーケティング、「カイゼン」などによる経営改善の取り組みをまとめた一冊。
収益化・誘客の仕組み構築、情報発信に注力
2日に開かれた同館協力会「明会(あきらかかい)」(会長・説田三郎セツダ社長)で出版記念講演を行った瀧社長は書籍で紹介したこの20年間の取り組みについて、地元で共に取り組んだメンバーの名前を交えて振り返りつつ、それぞれの施策の背景や意図を説明した。

水明館の瀧社長
このうち2006年に取り組み始めた「Gグルメ」については、新聞などを巻き込み、客を呼んで売り上げが上がる仕組みを作ったことを紹介。「きちんとお金が落ちるようにすれば、新しいことにもみんな参加する。SDGsなど新しい取り組みや災害の発生などいろいろあるが、やはり最初に誘客をやらないとまとまらないということを学んだ」と振り返り、以後の取り組みでも一貫してその点にこだわっていることを強調した。
コロナ禍明けで各観光地がマイクロツーリズムに目を向ける中、地元客も域外に出ると予測。営業を全国に広げていたことが奏功し、昨年は愛知からの利用者が減った分を北海道、東北、関東、九州、沖縄などから誘客してプラスにできたという。またコロナ明けの団体客もインバウンド客も戻らない時期に、大手旅行事業者ではなくANTAの会員事業者を中心に営業に回ったことで小さい団体の誘客につながったことなども紹介。チラシの配布とネットでの情報発信などを絶え間なく展開することの必要性も説いた。
官民連携の在り方については、「行政はまちづくり、民間はマーケティングを中心に、状況によってはフレキシブルに主体が変わっていく。さらに観光に関係ない人が徐々に関わって、主役がそれぞれ変わるのが理想的だ」と語った。
また、稼働率を下げて、団体客から高単価の個人客へシフトする最近の旅館業界の流れに対しては、団体を取らないことに警鐘を鳴らした。「単価が下がって苦しい旅館が増えるだけでなく、中規模以上の旅館が団体を受けることで地域を支えている側面もある。長期的なバランスを見ながら、地域として団体を受けることも重要だ」と語った。
旅館の内外でカイゼン推進
講演会では、著書でも経営改革の一策として取り上げたトヨタ生産方式「カイゼン」についても言及した。製造業で実施される、「一歩、一秒、一円」のコスト意識を従業員が身に付け、知恵を出し合って、現場作業の標準化などを進めることで、徹底した無駄の排除と効率化を行い、生産性を高めるもの。
例えば、朝食会場では一括準備方式や配膳導線の最適化により、年間550万円ほどの経費削減につながった。「盆や正月などの繁忙期にはコンベンションホールも朝食会場として使用していたが、効率化によって今では使用せずに済んでいる。シャンデリア代だけでもこれまでに1億2千万円ほど削減できた」と瀧社長。
同館では8年前から半年間のカイゼンリーダー養成プログラムを開講。今までに12期の修了生を出し、約300人の社員中40人がカイゼンの考え方を推進する「カイゼンリーダー」として活躍する。8期生であるという入社5年目の接客係の女性は、社員間で業務上の困りごとなどを共有、どうすれば良いかアイデアを出し合って業務効率を向上。「カイゼンによって、早く帰れるようになったし、働きやすくなった」と笑顔で語る。
旅館の中でも独特の文化を持つ調理場などは、当初カイゼンについて最も否定的であったというが、調理導線の見直しなどによって、衛生面の保持・管理がしやすくなるなど、成果を感じることで前向きに取り組み始めている。
カイゼンリーダー養成プログラムは水明館の社員だけでなく、明会の会員ら地元企業の現場担当者なども複数受講している。いずれの事業者も物価高騰や人手不足などの悩みを抱える中、カイゼンを取り入れることで、作業の効率アップなどが図られているという。
このうち下呂市で生花店を営む千田友倫氏は1期生としてプログラムを受講。花の積み下ろしがしやすいよう前向き駐車に変えたり、生花の在庫数を表で都度管理するようにして、箱の上げ下ろし作業などの行程を減らしたりするなど、さまざまなカイゼンを実践する。「カイゼンにより、第一に仕事がやりやすくなった。さらに作業時間の短縮でできた時間をお客さまのために使うのはもちろん、勉強や社員指導などにも活用できるようになった」と千田氏は話す。
瀧社長は「カイゼンによって社員が働きやすくなるのはもちろん、生まれた時間や余裕を本来のサービスの充実に当てたり、浮いた経費を社員の報酬に上乗せしたりすることも可能になる。カイゼンに終わりはない。自館はもちろん地域の価値向上のために取り組み続けたい」と意欲を語った。

下呂のカイゼンリーダーら




