【脱炭素でスマートな旅館 国際観光施設協会エコ・小委員会 59】100周年記念シンポジウムで思ったこと


 私が学んだ大学の建築学科が創設100周年で先日その記念シンポジウムに参加した。私が卒業したのが50年前で、当日の参加メンバーも私より年齢が上の方は数名で、名誉教授も1学年下であった。記念出版の「建築の力」に目を通すと、自分の経歴と重なることも多く興味深く読み進めた。

 仕事柄、観光産業目線で建築を考えることが多いが、他分野の記述にも共通する話題が多くあり、日本社会の問題に行きつく。一つ目が構造についての考え方。「新しい建物を建てることだけが豊かさでなく、すでに建っている良質な建物を長く使っていくとき、すでに建っている建物に対してどう向き合うかが問われる」の問題提起に対して「既存の建物を長く使い続けるためには、病院のカルテやお薬手帳のように建物の改修履歴をきちんと管理していくことが大切」とあり、改修する際など、耐震診断に必要な建物情報の管理が重要になる。そのためにはかかりつけ医的な専門家が重要になるとあった。

 先日のことだが、あるホテル事業者から競売で入手したビルを簡易宿舎に改修したいと相談を受けた。しかし確認通知書、構造計算書、構造図など建物情報がまったくなく、建物の建築基準法上の解釈が分からなく、構造の詳細も不明で改修計画がたてられない。上部構造は現地調査で確認は可能だが、基礎は調べようがない。戦後80年の膨大な建築ストックを生かす取り組みは日本社会の問題で、高度成長期に成長した宿泊業界も同じ問題を抱えている。

 二つ目は建築計画に関することで「高齢者施設の解体と分散型継続居住システムの提案」とある。従来型福祉施設がビルディングタイプで大規模になるとヒューマンな空間を失いやすく、個別ケアに整合しにくいことから福祉施設の住宅化が求められている。現在では既存空間の活用、すなわち空き家の福祉転用により、必要な施設機能を地域内に分散配置するという手法だ。これなども高度成長期に旅館そのものが旅の目的となり、ビルディングタイプの旅館内で売店や2次会など全ての消費活動を済ませていたが、現在は旅の目的やお客の属性が多様化し、地域としてもその多様性が重要になっているのと歩調が合う。

 三つ目が「経済活動ゲームのなかで失う情緒的な空間」とある。近郊住宅地では土地を開発して分譲住宅地という商品に成立させるために、投資額と利益に見合った価格設定が行われ、土地の広さと住宅規模が決められる。そこには均質な配置で生活文化の匂いがしない。オフィスビル街の生成原理はさらに厳密でオフィスビルで構成される都市空間はさらに均質になる。それに対し地方は不動産投資でなく歴史的に街並みが形成され、住民もさまざまな生業を持ち、多様性あるコミュニティを形成している。近年スキーリゾート地などで外国人による土地の買い占めから土地価格が高騰し地域住民が住めなくなるなどの問題が起きているが、地域の持続可能性に懸念を生じている。

 実際の設計に携わっている大学教授が多いせいか、実務で観光、地域、旅館の持続可能性について考える私の実感にあっている。観光産業にとって今日明日に解決できることではないが、心に留め置くことは必要と思う。

(国際観光施設協会理事 エコ・小委員会委員長、日本建築家協会登録建築家、佐々山建築設計会長 佐々山茂) 

 
 
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