【観光立国・その夢と現実 67】私の人生訓③ 小原健史


 前回のコラムで少し触れたテーマパーク事業は“肥前夢街道”といい、長崎街道を復元したかのような歴史型の観光施設であった。

 1990年の開業の年こそ年間100万人の入場者を超えたものの、翌年から毎年20万人ずつ減少し、10年後にはその事業は破綻し、金融機関に連帯保証をしていた本業の旅館業も同じ運命をたどった。まさにジェットコースターのように大成功の絶頂から事業の破綻地獄へ真っ逆さまに転落した。

 その頃は、誠につらい日々が続いたが、私の精神は病まなかった。なぜか? それは、その20年前に新館“和多屋タワー”の建設後の資金繰り難で心臓に突き刺さるような”オカネのない重くてキツイ苦しみ”を味わい、強度の心身症に侵され何年も何年も苦しみ抜いた経験があったからである。 

 教訓としては【カネが無い時、夜、布団の中で大声で泣こうが叫ぼうが、翌朝、枕元に札束は積み上がらない!】と負け犬の確信ができていたからだ!

 カネがない時は、カネを生む仕事をするしかない! また、出ていくカネに追いすがり出ていかないようにするしかない!

 心身症がひどくなると私の場合、自分自身では分かっていても変な決め事をたくさん作っていた。例えば、家を出る時は必ず右足から出ることとか、深夜寝る時は、時計の分針が4とか9とか42とか縁起の悪い数字は避けて、もう一度起きて家の中をうろつき、改めて縁起の悪くない数値の分針の時に布団に潜り込むとか! 今思い出せば、バカみたいなことだが、当時の私には苦々しい思い出で、必死な決め事であった。その決まり事を無視すれば、無視したことが気になって気になって他のことが、重要なやるべき仕事がおざなりになる。

 ある日、体調が思わしくなく自宅で休んでいるとメイン銀行の支店長が面会に来られたと連絡があった。慌てた私は、身づくろいをして家を飛び出る。その際、決め事の逆の左足から出てしまった。応接間にて支店長と対峙(たいじ)するも、頭の中は自宅を出た時の左足のことで頭の中はいっぱいになり、支店長の話は全てテーブルの上から床へこぼれ落ちるように流れる。支店長が「小原社長、あんた聞いてますか? 私の話を! 今月末の資金繰りは…」。私は押しとどめるように「支店長ちょっと待って下さい。いったん離席します」と青白い顔つきで、心の弱音を吐き、体は自宅に向かって一目散に走る。ドアを押し倒さんばかりに押し開き、中に入り一息吐いてドアを閉め、すぐにドアを開いて約束の右足から出て、また飛ぶように応接間に向かい、支店長の前に座るものの「あなたは大事な話の途中で何をしているのか!」と言って怒り肩で応接間から出て行った。

 また、サブの大手銀行の支店は福岡市にあって、そこにも毎月1回は業績や資金繰りの報告に行かねばならない。隣町の武雄駅のホームのベンチに腰を下ろすが、行きたくない気持ちで体はあふれてくる。そこに博多行きの特急列車がきて、ドアが開く。私の体は金縛りあったように動かず、本当に立ち上がれない。列車のドアはシレーっと閉まり発車する。私はヨロヨロと立ち上がり、駅の構内の赤電話で行くべきだった銀行の支店に電話して体調が悪くなったと弁解するが、「またですか。あんたがそんなふうなら、来月はわれわれが旅館に行くから逃げずに待ってなさい!」と怒声が聞こえガシャン!と切れた。  
   
(元全旅連会長)

 
 
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