「お客様を部屋に戻さない」災害時対応の原則 〜JARC第2回ラストリゾート協議会


宿泊施設関連協会

 一般社団法人宿泊施設関連協会(JARC)は10月7日、宿泊施設が災害時に地域住民や観光客の「ラストリゾート(最後のよりどころ)」となるための対応策を検討する「ラストリゾート協議会」の第2回会合を東京都千代田区の同協会会議室で開催した。会議では災害発生時の宿泊施設における対応体制や安全確保の手順、避難誘導の原則などについて具体的な議論が行われた。観光レジリエンス研究所の髙松正人代表が議事進行を務めた。

 「客室の安全が最終確認できるまで、お客様を絶対に部屋に戻さないこと」が最重要原則として強調されたほか、「館内の安全確認」「避難誘導の方法」「従業員の安全確保」など幅広いテーマで実践的な対策が話し合われた。

4つの役割で対応体制を構築

 協議会では冒頭、災害発生時の宿泊施設における対応体制について説明があった。基本的に全体の責任者(対策本部長)、お客様対応責任者、物資調達責任者、情報責任者の4つの役割で体制を構築する必要があるという。「この4つのポジションが埋まれば、基本的な災害対応は実行可能です」と説明された。

 また、初期対応以降の事業継続・回復フェーズでは、財務担当責任者、従業員支援責任者、復旧・復興責任者の3つの役割が重要とされた。設備担当者を加えることで、施設規模にかかわらず円滑な事業継続・復旧が可能になると強調された。

 特に夜間の災害発生は社員が少ないため危険度が高く、夜間全体統括者、夜間お客様対応者、夜間情報責任者の役割を事前に決めておくことが極めて重要だと指摘された。

災害発生時の安全確認と初動対応

 災害発生時、宿泊施設が最初に行うべきは施設内の安全確認だ。議事録によると「これは、お客様を含む全員の館内避難の可否を判断するために必須の手順です」として、具体的には躯体の損傷、天井の落下、家具の転倒、火災の発生などを迅速に確認する必要があると説明された。

 また停電、断水、ガス漏れ、漏水といったライフラインの被害状況も同時に確認することが求められる。

 揺れが収まった後の追加確認事項としては、エレベーターの状況確認(閉じ込め発生の有無)、スプリンクラーの誤作動確認、避難経路の安全確保(割れたガラス、剥がれたタイル、転倒した食器類などの確認)が重要だという。

 これらの確認作業が完了次第、災害に関する情報(地震であれば震度、震源、余震の可能性、津波警報の有無など)を収集し、「館内の安全情報」と「災害情報」を総合的に照らし合わせて避難方針を迅速に判断する必要がある。

避難誘導の重要原則

 避難誘導の判断が下された場合の誘導手順についても詳細に議論された。「避難が必要と判断された場合、速やかに館内放送とスタッフへの指示を通じて誘導を開始します」とした上で、お客様に対しては「安全のため、○○(避難先)へ避難していただきます」と避難先を明確に伝えることが重要だとされた。

 注目すべきは避難誘導の順番だ。「揺れが大きくても、下の階から順に避難させるのが原則です。上階から先に誘導すると、階段で渋滞や将棋倒しが発生するなど二次災害の危険が生じます」と説明された。

 また避難の際には「飛行機からの脱出と同様に、貴重品以外の荷物は持たないことを徹底してください」とし、貴重品以外の荷物は避難時の動作を遅くし、危険を伴うと警告された。

残留者確認と「避難済みサイン」の活用

 お客様がロビーなどへ避難した後、最も重要な作業は残留者の確認だという。「ショックで腰を抜かしたり、部屋や浴室、トイレなどに閉じこもったりしている方がいる可能性があります」として、全客室を巡回し、室内だけでなく浴室やトイレまで含めて残留者がいないか徹底的に確認する必要がある。

 確認が完了した客室のドアには、マグネットシールや色付きのビニールテープなどの「確認済みのサイン」を必ず残すことが推奨された。「この表示があることで、『このフロアは全員避難済み』という情報が明確になり、二重確認の手間が省けるだけでなく、火災発生時の安全確認も迅速かつ確実に行えるようになります」と説明された。

 また客室以外にもロビー、トイレ個室、大浴場、脱衣所など、パブリックスペースの確認も徹底すべきとされた。

「帰室させない」最大の原則

 特に強調されたのは、客室の安全が最終的に確認できるまで、お客様を絶対に部屋に戻さないことだ。「必要に応じて、ロビーや宴会場などで一晩過ごしていただく準備をしてください」と指導された。

 お客様は「荷物」や「常備薬」を心配して部屋へ戻ろうとすることが想定されるが、二次被害を防ぐため厳に制限すべきとされた。「どうしても必要な物品がある場合は、お客様ご自身を戻さず、スタッフが必ず二人一組となって部屋へ行き、最小限の貴重品や医薬品のみを持ち出す対応を徹底してください」と説明された。

 「スタッフによる最終的な安全確認(各室チェック)が完了し、安全宣言が出されるまで帰室を許可しない、この徹底した安全管理が宿泊者の命を守るために不可欠です」と強調された。

行方不明者と従業員の安否確認

 安否確認の結果、行方不明者が出た場合は、直ちに「宿泊客全員の確認を試みたが、○号室の○名が未だ確認できていない」という情報を地元自治体の対策本部や消防に速やかに伝達することが求められる。「災害時は情報がないと救助隊は動けません。具体的な行方不明者の情報提供こそが、彼らが迅速に捜索・救助活動を行うための唯一の鍵となります」と説明された。

 また、従業員の安否確認も極めて重要だ。出勤中の従業員だけでなく、シフト外の従業員についても非常時安否確認システムやLINEなどのSNSグループを活用して安否を確認する必要があるとされた。

 従業員の被災状況把握も重要だ。「従業員本人の安否だけでなく、自宅の被災やご家族の負傷といった状況についても、情報収集を徹底する必要があります」と指摘された。被災状況によっては従業員の出勤が不可能になることを前提に、対応体制を組み換える必要があるという。

停電時の対応と備え

 停電時の対策についても詳細に議論された。大規模地震などでは停電は避けられず、照明消失、空調停止、給水ポンプ停止による断水、エレベーター停止、POSシステム停止による精算・買い物不能など、施設機能のほぼ全てが停止するため、対策が必要だという。

 非常用自家発電機が確実に作動するかを定期的に確認し、燃料を備蓄することが基本とされた。特に発電機の設置場所も重要で、「高潮、水害、津波のリスクがある地域では、発電機が地下や1階にあると浸水により使用不能になります」と指摘。「施設の改修や機器入れ替えのタイミングで、浸水被害を受けない高所へ設置場所を移すことも検討し、非常時に核となる電力を守り抜くことが不可欠です」と強調された。

 自家発電機の能力には限界があるため、「非常時に『絶対に必要となる箇所』に電力が届くよう配線先を検討し、見直しを行うべき」との指摘もあった。

トイレ問題と非常時の会計処理

 地震などの災害では下水配管の損傷も頻繁に発生するため、「配管の安全が確認できるまでは汚水溢れによる復旧作業の複雑化を防ぐためにトイレの使用を極力控える必要があります」と説明された。

 代替策として「40〜60リットルのポリ袋を便器にかけ凝固剤を使用する非常用トイレセットの備蓄が有効です」とのアドバイスがあった。「大型犬用の吸水性の高いペットシートをポリ袋の中に入れると、凝固剤の使用量を減らしつつ数回の使用に耐えられます」という工夫も紹介された。

 停電によるシステム停止時の会計処理については、後日請求が最も現実的な対応だとされた。「中途半端に一部だけを精算しようとすると、かえって事後の処理が複雑になります。システムが復旧した際に全額を請求する方針を立てましょう」とアドバイスされた。

 「特に日本人のお客様に対しては、後日請求による取り漏れはほとんどないという過去の事例があります」としたうえで、「外国人のお客様への請求は難しくなる可能性もありますが、まずは後日精算を基本とし、その場で無理に精算しようとしないことが、混乱を避け、安全な対応を進める上で重要です」と説明された。

情報収集・提供と外国人対応

 停電時の情報伝達については、PCやスマートフォンの充電が不可能になるため、最終的にアナログな手段が必要になるという。「ホワイトボードなどを準備し、使える情報端末で得た情報を手書きで随時更新する体制を整えましょう」とアドバイスされた。

 提供すべき情報は災害そのものの詳細よりも、「交通機関の運行再開見込み」や「道路情報と迂回路」など、お客様が最も必要とする「帰宅のための情報」を中心にすべきだという。

 外国人への対応では、情報提供が最重要とされた。「災害発生時、外国人のお客様が最も求めるのは情報です。特に、外国人旅行者の多くは地震を体験したことがありません」と指摘。「これは地震という現象であり、しばらくは余震が繰り返し発生するが、通常は最初の揺れより小さい」といった基本情報を母国語(無理なら英語)で提供することが重要だという。

 また、余震のたびにパニックにならないよう「余震は続くが、この避難場所は安全性が確認されているので安心してほしい」と具体的に伝達し、不安を取り除くことも大切だと強調された。

防寒対策と弱者への配慮

 防寒対策としては、毛布や旅館にある袢纏(はんてん)に加え、低コストで活用できる「廃棄予定のバスタオル」などをストックしておくことが推奨された。「バスタオルは避難場所で防寒具として重ねて使用できるほか、大浴場で被災し着衣の余裕がない方が体に巻き付けて安全な場所まで避難するためにも非常に有効です」と説明された。

 携帯用カイロも一人一つあれば効果があるとして、常備が推奨された。特に真冬や屋外避難の際は、送迎用バスを移動式の暖房施設として活用することも効果的だという。

 避難弱者への対応として、「高齢者、障害のある方、乳幼児連れなど、避難にお手伝いが必要なお客様は必ずいらっしゃいます」と説明。しかし、スタッフがその対応に専念すると全体の誘導が停止してしまうため、「周りの健常なお客様へ協力を要請することが重要です」とされた。

 特に「丁寧な依頼表現ではなく、『どなたかお手伝いください!』のように、明確な命令口調」で発するよう勧められた。これは「緊急時に人間が明確な指示で動きやすくなる性質を利用するもの」だという。

近隣施設との連携と地域全体のBCP

 議論では、地域内の近隣施設との連携・協力体制の重要性も指摘された。「非常時には、自施設内だけでは解決できない事態が必ず発生する」として、特に重要なのは「自施設が被災し館内での安全確保が困難になった場合を想定した相互受け入れの約束」だという。

 「お互い様の精神」で「危ない時は互いに助け合い、お客様を受け入れよう」という協力関係を平時から取り決めておくべきだと提案された。

 また、能登半島地震時の和倉温泉の事例が紹介された。各旅館の対応は優れていたものの「地域全体としてどう動くか」の計画や情報共有が不足していたため、館外避難開始時に問題が生じたという。

 これを踏まえ「地域全体で『非常時にどう動くか』というBCPを策定し、それを基に各施設の行動マニュアルを紐づける、有機的な連携体制づくり」を進めることが勧められた。「地域全体の枠組みがあることで、各施設が安全かつ円滑に対応でき、災害時の地域としての対応力が大幅に向上します」と説明された。

 JARCでは11月10日に第3回協議会を予定しており、宿泊施設の災害対応の具体的な対策についてさらに議論を深めていくという。

 
 
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