
今回事例として取り上げるのは、中規模の温泉旅館です。温泉地や宿の歴史は長く、自然環境にとても恵まれています。
温泉の湯量も豊富で泉質にも経営者は自信を持っています。料理は地元の食材を使い、地産地消をうたったプランがメインです。
この旅館はここ数年、営業損失の計上が続き、経営状況が悪化しています。
依頼を受け、経営者と夕食を共にしました。食事処では接客係の人員不足が影響しているのか、あわただしく料理を運ぶ姿が目立ち、お客さまへ声掛けをする余裕など全くない状況です。お客さまは飲物の追加注文も遠慮するような雰囲気です。
やがて時間が過ぎ、接客係とお客さまとの会話が少しずつ聞こえるようになりました。
そこでの会話は、食材や調理方法、おすすめの散策ルート。珍しい土産物店や、温泉の入り方の話等、多岐にわたっており、とてもいい笑顔で会話しています。
実はフロント・ロビー周りでも同じ光景が見られました。チェックインが重なる3時から4時にかけて、フロント・ロビーもあわただしい雰囲気で、とにかくスムーズにお客さまをお部屋へご案内することが最優先されます。
この旅館ではスタッフとお客さまとの会話の回数や時間が、以前と比べて格段に減ったようだと経営者は気づきました。
確かにお宿のウリである、温泉や料理、自然環境には宿泊すれば体験できます。でもこれらはあらかじめ用意された商品を、通り一遍のルーチンワークで提供されることに、お客さまは気づいてしまいます。
その結果、決して悪くはないが、思い出には残らないような1日を過ごし、チェックアウトしていくのです。
この宿の経営者は、夕食をモニタリングという形式でとったのは、久しぶりだと言っていました。そして随分自分が気づかない間に、お客さまが受ける印象が変わったのではないかと心配になりました。
思えば会議室で数字ばかり追い求め、現場は幹部やスタッフに任せっきりにしていた結果なのでしょう。
お宿のウリの部分は、以前と比べて何一つ変わってはいないのにもかかわらず、お客さまに伝わる印象は随分開きが生じている。
これはウリがそのままお客さまに伝わるだけでなく、現場のスタッフの生の声を通じて、さらに価値が上がった状態で届くのではないか、という仮説が経営者に浮かびました。
そしてスタッフとお客さまとの会話の時間を持つことを、最優先することに決めました。
食事処にしろ、フロントにしろ、超多忙な時間はせいぜい40分程度。その間、部署の垣根をすべて取り除き、全スタッフ体制で多忙な部門のサポートに充てることにしました。
今までは人手不足だからという理由で、内部の人のやりくりに目を向けることはなかったのですが、時間軸と場所軸がクロスした視野で見ると、一時的に忙しくなる部署がある一方、その時間帯には忙しくはない部署が存在することが分かったのです。
さあお客さまの立場になり、モニタリングをしてみませんか。決してあら探しをするのではなく、お客さまが笑顔になる瞬間を見てください。スタッフとお客さまとの会話の場面に心温まり、この場面をもっと増やそうと思うはずです。温泉旅館の良さをもう一度取り戻しませんか。
失敗の法則その51
現場が業務をこなすことに精一杯になっている。
その結果、殺伐とした雰囲気の中、お客さまと現場スタッフとの間に会話や接点がなくなる。
だから、お客さまが笑顔になる、スタッフとの会話を増やすと決める。