
演劇が物語を通じて観光客を引きつけ、美術が創造性を体験価値に変えるとすれば、古典芸能は地域に息づく歴史と共同体の記憶を観光資源へと昇華させる力を持つ。本テーマの最終回として、古典芸能を旅館・ホテルの集客戦略にどう結びつけるかを考えてみたい。
日本人にとって古典芸能は、年配者向けと受け取られることも少なくない。しかし、訪日外国人からは、能や歌舞伎、狂言、文楽などが斬新で完成度の高いアートとして評価されている。日常とは異なる世界に触れられる点が魅力となり、観劇そのものを目的に旅行計画を立てる観光客もいる。宿泊や飲食と結びつければ、地域の観光消費を押し上げる効果も期待できる。
古典芸能は商業化された大規模公演に限らない。各地で受け継がれる神楽や民俗芸能、祭礼と結びついた行事もまた旅行者にとって新鮮で印象深い体験となる。むしろ地域の暮らしに根差した素朴な芸能だからこそ、土地の空気を濃く伝える力を持つ。
沖縄・波照間島の「ムシャーマ」はその象徴的な事例だ。旧暦7月の盆に営まれる祖先供養の祭礼であり、かつては島民総出で参加するため宿泊施設や店舗はすべて休業し、観光客には開かれていなかった。しかし、近年では「奇祭」として紹介され、島外から注目を集めている。もともと地域住民のために続けられてきた芸能が、観光的な価値を持つ資源へと変化しつつある。
旅館・ホテルにとって、このような地域芸能との連携は大きな可能性を秘める。祭礼にあわせた宿泊プランの造成や館内での実演、解説付き体験は、国内外の観光客や教育旅行をはじめとする幅広い層にとって特別な機会となる。地元の担い手によるワークショップや交流企画を組み込めば、他では得られない価値を提供できる。古典芸能をモチーフにした客室の内装やパブリックスペースの展示を工夫すれば、地域に息づく歴史と共同体の記憶を日常的に感じられる空間となり、宿泊体験全体を文化体験と結びつけることができる。
古典芸能は普遍性と地域性を兼ね備え、強固な支持層を育てる力を持つ。その活用は文化の継承にとどまらず、旅館・ホテルにとって持続的な集客を実現する戦略的な柱となる。演劇が「物語」を、美術が「創造性」を資源化するように、古典芸能は「歴史と共同体の記憶」を観光体験へと転換する。文化芸術をいかに集客に結びつけるか、その問いに応えて取り組むことが大切だ。
(アルファコンサルティング代表取締役)