
近年、多くの観光地においてオーバーツーリズムが深刻な社会問題化している。この現象は経済効果や環境負荷が主として議論されるが、その本質は観光客と住民双方の心理に負担を強いる点にある。
旅の目的は非日常の体験と感動であるが、混雑や騒音といった過剰な刺激は、観光客にストレスをもたらす。これは刺激過負荷理論に基づく現象で、人間の情報処理能力を超える刺激が与えられることで、不快感や疲労が生じるとされている。
オーバーツーリズム下では、観光客は景色を眺めたり、地域住民と交流する心の余裕を失い、目的地を効率的に見て回ることに特化してしまう。結果として期待していた体験が得られず、満足度の低下や再訪意欲の減退につながる。こうした状況に直面した観光客が、無意識にその場所を回避する行動をとることが指摘されている。
一方、住民にとって生まれ育った場所は、アイデンティティや帰属意識の源泉であり、深い場所愛着を抱く。観光客の増加は、公共交通機関の混雑や、生活に不可欠な商店の変化といった形で、住民の日常生活を阻害し、この愛着を脅かす。この変化は、住民に「自分たちの街ではない」という疎外感を生じさせる。SNSの投稿分析からは、住民の不満が物理的な不便さから、治安の悪化といった深刻な不安へとエスカレートしている。
住民がオーバーツーリズムをネガティブに捉え始めるきっかけは、こうした日常生活への不便さである。加えて観光業の恩恵を享受する住民と、生活の質が損なわれる住民が存在し、この乖離(かいり)は地域内での対立を引き起こし、持続可能な観光に向けた合意形成を困難にする。
オーバーツーリズムは、観光客と住民双方の心理をむしばむ負の連鎖である。この問題の解決には観光客の数だけを追求するのではなく、観光客の体験の質と住民の生活の質に焦点を当てたアプローチが不可欠となる。観光客への情報提供による行動分散や、住民参加と公正な利益分配の仕組み構築など、心理学的側面を考慮した対策が、持続可能な観光の実現に向けた鍵となる。
(八洲学園大学生涯学習学部生涯学習学科教授 竹田葉留美)