【独占インタビュー】欧州委員(持続可能な運輸・観光担当)アポストロス・ツィツィコスタス氏に聞く


欧州委員(2024-2029)持続可能な運輸・観光担当 アポストロス・ツィツィコスタス氏

持続可能で強靭な観光におけるEUと日本の協力関係を強化

 ――今回の来日の目的は何ですか。

 私は持続可能で強靭な観光におけるEUと日本の協力関係を改めて確認し強化するために参りました。日本も欧州も、人気の観光地であることが何を意味するか、理解しています。欧州が今なお世界中の観光客にとって第一の選択肢であることを誇りに思います。昨年は7億5800万人もの人々が欧州を訪れ、そのうち240万人が日本からの訪問者でした。しかし、欧州の観光産業は圧力に直面しています。偏った観光は受け入れ地域社会、インフラそして環境に負担をかける一方、他の地域は観光客誘致に苦戦しています。労働力と技能不足にも苦しんでいます。

 

 日本も同様の課題に直面していると承知しています。2024年には約3700万人の外国人訪問者を迎え、その6.5%が欧州からでした。今年上半期だけで2000万人の訪問者を数え、2025年もまた素晴らしい年となりそうです。これは並外れた成功です。しかし欧州と同様、宿泊客の69%が東京、京都、大阪という特定地域に集中しています。観光客がこれらの都市に集まる理由は理解できますが、観光経済新聞の読者の皆様なら、同様に美しく魅力的な日本の知られざる目的地を挙げられるでしょう。日本がこの分野で興味深い取り組みを進めていると承知しており、詳細を伺いに参りました。また、欧州初の持続可能な観光戦略策定にあたり、われわれの考えを日本側に提示する機会ともなります。

 

 日欧が今日築いている緊密な絆は、双方向の観光交流が何十年も続いた結果でもあると確信しております。異なる文化を持つ人々を理解し、尊重し、親近感を抱くことを学ぶのは、こうした交流を通じてなのです。この絆をさらに強化したいという思いは双方に共通しているはずで、観光分野での協力は、そのための極めて自然な手段と言えるでしょう。

 

 ――9月29日に大阪・関西万博会場で観光庁の中野国際観光部長と会談されましたね。協議内容について教えてください。

 欧州連合(EU)は日本を重要かつ戦略的パートナーと位置付けています。これが中野部長への私の主なメッセージであり、彼もまたわれわれのパートナーシップへの評価を確認しました。双方はこの連携強化に向けた具体案を提示しました。例えば双方向の観光客増加を目指す共同マーケティングキャンペーンなどです。海外旅行を選択する日本人のうち欧州を訪れる割合は13%強です。しかし、日本の訪欧者数は未だコロナ禍以前の水準に回復していません。観光業の変化とそれに伴う課題は、日本とEUで非常に類似しています。したがって今回は、観光の不均衡解消に向けた取り組みにおいて、効果的な施策とそうでない施策について討議する好機となりました。

 

2026年初頭に新たな「EU持続可能な観光戦略」を策定

 ――ご担当職務である「『欧州観光アジェンダ2030』に基づいた強靭で競争力のある観光部門の促進」では、具体的にどのようなことに取り組んでいらっしゃいますか。

 「観光アジェンダ2030」は、5つの重点分野をカバーしています。①グリーン移行、②デジタル移行、③レジリエンスと包摂性、④技能と支援、そして⑤政策枠組みとガバナンスの整備、です。策定は2022年と比較的最近ですが、その後世界は急速に変化し、観光産業に新たな課題を突きつけています。世界的な動向を踏まえ、欧州の観光産業の競争力強化、持続可能な観光の成長の促進、地域社会の福祉を尊重しつつ観光地を支援するため、さらなる取り組みが必要です。このため、これまでの成果を基盤として、2026年初頭に新たな「EU持続可能な観光戦略」を策定します。

 

 ――ご担当職務である「EUの首都を繋ぐ野心的な欧州高速鉄道網に関する計画の提案」では、何がどの程度まで進んでいますか。

 日本の新幹線は世界が羨む存在だと思います。私たちがすぐ後ろに迫っているなど言いません。しかし欧州でも高速鉄道の大規模計画を進めており、日本は常にインスピレーションの源となっています。2020年、EUは2030年までに高速鉄道の輸送量を2015年比で倍増、2050年までに3倍にする目標を設定しました。進捗は期待より遅れており、2023年時点で高速鉄道の輸送量は2015年比17%増に留まり、路線網は依然としてスペイン、フランス、イタリア、ドイツに集中しています。今後数週間以内に高速鉄道行動計画を発表する予定です。目標は、高速で快適、安全かつ信頼性の高い鉄道サービスで欧州を結びつつ、2050年までに気候中立を達成するというEU目標を支え、強靭性と競争力の両方を強化することにあります。

 

 欧州横断交通網(TEN-T)については既に長期ビジョンがあり、それには2040年までに高速鉄道網を完成させることが含まれています。したがって、計画・建設・資金調達に関する検討は、すでに大部分が完了しています。マルチモーダリティはTEN-T全体を通じた重要テーマであり、高速鉄道網とEU主要空港間の接続も含まれます。在来線ネットワークとの接続により、高速鉄道がカバーしない地域への列車運行も可能となります。したがって、高速鉄道網を含むTEN-Tネットワークの完成は極めて重要なのです。高速鉄道行動計画はTEN-Tを基盤とし、主要な加盟国内・越境高速インフラプロジェクトの加速を図るものです。国境地域や遠隔地における未整備区間の解消を目指し、実現可能な範囲で速度向上への意欲を高めたいと考えています。ネットワーク完成に必要な巨額の投資については、EU予算を含む多様な資金源を最大限活用する新たな施策を発表する予定です。

 

 インフラ整備は優先課題の一つですが、競争環境の整備も必要だと考えます。市場開放を開始して以来、特に高速鉄道サービスにおいて民間投資家の関心が高まっています。運行頻度やサービス品質の向上、イノベーションの促進、運賃の低廉化も進んでいます。競争の障壁は依然存在しており、EU全域でより多くの企業が鉄道サービスを提供できるよう、これらを取り除く必要があります。乗客にとっては選択肢の拡大とサービスの向上につながります。真の競争の前提条件は、信頼性・高速性・十分なキャパシティを実現する相互運用可能な路線網です。この観点から、行動計画では欧州鉄道運行管理システム(ERTMS)の推進と、国境を越えるサービスにおける効率的なキャパシティ配分の確保も目指します。

 

 EUの鉄道で「単一デジタル予約・発券」を実現

 ――ご担当職務である「乗客が単一のプラットフォーム上で乗車券を購入できるようにし、乗客の権利を保護する『単一デジタル予約・発券規則』の策定」では、何がどの程度まで進んでいますか。単一プラットフォームのイメージはどのようなものですか。

 

 旅行者が複数のサイトをアクセスし、関連情報や最適なオファーを見逃すリスクなく、簡単にチケットを検索・比較・購入できるよう支援したいと考えています。規制対応として、マルチモーダル・デジタルモビリティサービス(MDMS)と単一デジタル予約・発券規制(SDBTR)の2つの取り組みを実施します。MDMSは第三者仲介業者間の公平な競争環境を確保し、主要な発券プラットフォームが運輸事業者との商業契約において公正かつ合理的な条件を維持しつつ、全てのオファーを中立的に表示することを義務付けます。SDBTRは、鉄道事業者が自社のオファーを要求するチケットプラットフォームと、公正かつ合理的な条件で共有することを義務付けることで、鉄道分野における市場の失敗に対処します。これにより、消費者がチケットオファーにアクセスし比較することが容易になり、顧客体験が向上します。また、現在最も人気のある販売チャネルにアクセスできない新規事業者の市場参入も容易になります。

 

 ――日本でも「観光MaaS」の構想がありますが、様々なプラットフォーマーが国益よりも私益を優先して個別にアプリ普及の活動をした結果、乱立してしまい、統一できる見込みはありません。JRが主導すべきですが、JRは予約システムをOTAと接続することを嫌っており、全く進展しません。そうこうするうちに、VISAインターナショナルが交通機関のタッチ決済に参入し、JRの先行者利益も失われつつあります。英国やイタリアの鉄道はTrip.comでも予約できますが、日本の鉄道はTrip.comで予約できません。日本では鉄道事業者など企業の一方的な理屈がユーザーの利便性を損なっています。EUではいかがでしょうか。

 

 JRの場合と同様に、欧州の既存鉄道事業者も、第三者プラットフォームとの公平な条件でのオファー共有を避けがちであり、競合他社(特に新規参入事業者)のオファーを自社の発券チャネルに掲載しない傾向があります。その結果、消費者が鉄道のオファーを組み合わせて比較することは現在困難です。これが、欧州委員会が鉄道事業者向けの特定規制を求める理由です。これにより既存鉄道事業者は、情報を表示したい第三者プラットフォームに対し自社のオファーを共有することが義務付けられ、消費者が全ての選択肢にアクセスできるよう保証されます。

 

日本料理は真の文化体験

 ――ツィツィコスタス委員は、日本の温泉旅館に宿泊されたことはありますか。

 残念ながら、日本の温泉旅館に滞在したことはまだありませんが、これは将来の日本訪問でぜひ体験したいと心から願っていることです。温泉の独特の雰囲気や、そこで感じられる伝統、静けさ、そしておもてなしの心について、多くの話を耳にしています。日本の文化、現代性と伝統の調和、日常生活の細部に宿る洗練さは、私が深く敬愛するものです。温泉を訪れ、伝統的な宿に滞在することは、私にとってこの本物の日本と触れ合う素晴らしい方法となるでしょう。近いうちに再び日本を訪れ、貴国の文化遺産の中でも特に特別なこの部分を発見できることを心から願っています。

 

 ――お好きな日本食(和食)は何ですか。

 選ぶのは非常に難しいです。なぜなら、日本料理は驚くほど多様でバランスが取れているからです。特に寿司や刺身は、その新鮮さと洗練された味わいがたまらなく好きですが、天ぷらやラーメンといった伝統的な料理も大いに楽しんでいます。私が日本の食文化に最も感嘆するのは、味だけでなく、盛り付けへのこだわり、季節への敬意、そしてその背景にある哲学です。日本料理は真の文化的体験であり、機会があるたびに心から楽しみにしているものです。

【kankokeizai. com 編集長 江口英一】

 

欧州委員(2024-2029)持続可能な運輸・観光担当 アポストロス・ツィツィコスタス

 

職責 :持続可能な運輸・観光担当欧州委員として、欧州の運輸部門の競争力や持続可能性の向上、 将来の大きな変化への耐性の強化、全てのEU市民が安全に手頃な価格で利用できる運輸 サービスの実現に取り組む。

 

担当職務:

  • 2030年までに「汎欧州運輸回廊」の未整備部分の整備の実現、運輸サービスに関す る単一市場の強化
  • 「欧州観光アジェンダ2030」に基づいた強靭で競争力のある観光部門の促進
  • EUの首都を繋ぐ野心的な欧州高速鉄道網に関する計画の提案
  • 乗客が単一のプラットフォーム上で単一の乗車券を購入できるようにし、乗客の権 利を保護する「単一デジタル予約・発券規則」の策定
  • 道路輸送の電動化や最先端技術の活用など、運輸部門の脱炭素化に向けた投資の規 模を拡大し優先する「持続可能な運輸投資計画」の実施
  • 新産業海運戦略の策定など、多面的な運輸部門の重点化
  • 安全保障と競争力を重視したEU港湾戦略の策定

 

 略歴:

2024-現在 欧州委員(持続可能な運輸・観光担当)

2022-2024 欧州地域委員会筆頭副会長

2020-2022 欧州地域委員会会長

2019-2024 ギリシャ地方連合会長

2015-2024 欧州地域委員会委員、ギリシャ代表団長(2017~)

2014-2024 中央マケドニア地方知事

2010-2014 中央マケドニア地方副知事・テッサロニキ地区長

2007-2009 ギリシャ議会議員

 

 

 

 
 
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