
商品を手にする根本氏(ワイズティー店内で)
栃木県宇都宮市の「オリオン通り商店街」。かつて多くの買い物客らでにぎわったこの商店街はいつしか「シャッター街」と呼ばれ、人通りの少ない寂れた街になっていた。そんな場所に2006年、地元出身の青年、根本泰昌氏が紅茶専門店「Y’s tea(ワイズティー)」を開業。街に変化をもたらした。
根本氏は大学進学を機に宇都宮から上京。卒業後、1997年に大手医薬品メーカーの大塚製薬に就職し、「カロリーメイト」の商品責任者を務めるなど日々充実した会社員生活を過ごしていた。
ただ、地元に帰省するたびに、「かつてはおしゃれをして歩く場所だった」という商店街の以前とは違う姿を目の当たりにし、寂しさが募るばかりだった。
「会社員時代、自分が扱う商品が全ての人を健康にすると信じて疑わなかった。でも、地方都市の病を薬で治すことはできない。そう感じて、自分で何かできないかと漠然と考えたところ、起業を思い立ちました」
就職して9年目の30歳で退職。具体的に何をするか白紙の状態の中で、まずは事業のヒントとなる単語を片っ端から模造紙に書き込むことから始めた。
17時間かけて5千個の単語を書き込んだ。その中から「持続可能である」「地域が元気になる」「副作用がない」など、20の条件をクリアしたものをピックアップすることにした。一つ一つに○×を付けたところ、唯一、全ての条件をクリアしたのが3800番目に書き込んだ紅茶だった。
ただ、宇都宮と紅茶の関係性は希薄。それどころか紅茶の購入量ランキングで宇都宮市は、全国の県庁所在地と政令指定都市の中で43位と当時最下位クラス。大手紅茶メーカーが販売拠点を撤退するほどだった。
当然、周囲から反対されたが、根本氏は「5千分の1」の可能性に懸けた。
紅茶のプロともいえる「ティーコーディネーター」の資格を取得。茶葉調達のルートも開拓し、2006年に自身がブレンドした茶葉を販売する店舗を、翌年にはティールームをオリオン通り商店街にオープンした。
新参者の進出に、冷めた目で見る周囲の人も少なくなかった。だが、根本氏が手掛けるオリジナルのブレンド紅茶、その味の良さや物語性が評判を呼び、客足が徐々に増えていった。地元特産のイチゴの味を再現した「ベリー!ベリー!ベリー!」をはじめ、名物のギョーザに合う紅茶、地元に多く発生する雷を味で表現した紅茶など、さまざまなオリジナル商品を開発。これらがメニューに並び、商品棚にずらりと並ぶ姿も圧巻だ。
店舗では紅茶の基礎やおいしい入れ方を学ぶ「紅茶教室」も実施。市内での紅茶文化の普及に力を入れた。
そのかいもあり、前出の紅茶購入量ランキングで宇都宮市は2011年、全国1位に躍進した。根本氏の影響が大きかったことは想像に難くない。
根本氏は街の浄化にも力を入れた。シャッターが下りる空き店舗にごみが散乱する路地。「怖いから1人で歩いちゃだめ」。そう言われるほど、商店街はいつしか雰囲気の悪い場所になっていた。そこで毎週土曜日に市民を巻き込んで商店街の清掃活動を行うことにした。活動には子供たちを含めて多くの人が賛同。これら地道な活動の結果、かつてシャッター街と呼ばれた商店街は2018年、空き店舗がゼロになるまで状況が一変した。
「不動産会社の社長たちに『ありがとう。オリオン通りが満室になったのはバブル以来だよ』と言っていただき、その時、私自身、大きな達成感を感じました」
根本氏はこれまで970種類以上のオリジナルブレンドの紅茶を開発。地元宇都宮市にとどまらず、依頼に応じて他のまちや県の商品もプロデュースしている。地域の特産品や文化と結び付いたオリジナル商品を考案し、「紅茶を通して地域の魅力を伝える」試みだ。
根本氏は今後、全ての都道府県で地域の魅力を伝える紅茶を作りたいと考えている。茨城や岩手など、まだオリジナル紅茶が作られていない県がある。「全国各地で人と地域が元気になる紅茶を作りたい」。根本氏は次なる挑戦への意欲をこう語った。
(観光経済新聞)
商品を手にする根本氏(ワイズティー店内で)