
自民党の新総裁を目指して5人(敬称略・五十音順に小泉進次郎、小林鷹之、高市早苗、林芳正、茂木敏充)が立候補している(10月4日投開票)。世界が大混迷時代を迎える中、さまざまな内憂外患を抱える日本の次の首相候補者たちであるが、出馬表明の意見を見聞する限り、誰も観光立国の重要性について明確に言及していないのは残念だ。
日本政府観光局は、8月の訪日外国人数(推計値)が342万人で、8月として過去最多と公表している。国別ベスト5は中国101万人、韓国66万、台湾62万、香港22万、米国19万で、東アジアからの訪日が全体の73%を占めている。今年1月からの累計では2838万人で、年間4千万人に達する可能性が大だ。
日本政府はすでに2030年の訪日外国人数6千万人、消費額15兆円という数値目標を掲げている。オーバーツーリズム(観光公害)問題をはじめ、インバウンド観光立国政策は大幅な見直しが必要にもかかわらず、次の首相候補者たちが観光立国に関心を示していないのは残念なことだ。
第2次安倍政権・菅政権において、政府はインバウンド観光立国政策を強力に推進してきたが、国の予算面では必ずしも十全とはいえない状況だ。来年度の予算編成に向けて各省庁が公表した概算要求の総額は122兆4454億円と過去最大になっている。さらに金額を示さない「事項要求」が多い上に、国と地方を合わせて1千兆円を超える債務(借金)残高を抱えているために厳しい予算編成になると予想されている。
防衛省の来年度予算の概算要求はトランプ政権による軍備増強圧力を受け、8兆7909億円で過去最大規模になっている。一方、観光庁の概算要求は総額で814億円(一般財源は約106億円で、国際観光旅客税財源から約700億円を充当)である。防衛省のジェット戦闘機(F35)取得費は1機約200億円なので、極めて単純化すると、日本の観光立国予算はジェット戦闘機4機分程度ということになる。従ってその程度の国家予算で観光立国を万全なかたちで推進することは不可能なので、5人の首相候補者たちは観光立国を意図的に軽視しているのかもしれない。
北海道の美瑛町は「日本で最も美しい村」運動の発祥の地で、自然や農業景観の美しい田舎である。少子高齢化で人口減少(現在9200人)が進む一方、訪日外国人を中心に観光客が増加(年間約270万人)し、オーバーツーリズムによる諸々のトラブルが頻発している。『AERA』の記事によると、美瑛町の観光対策経費は約8億円で、町税収入約11億円の自治体にとって重い負担になっている。町議会は今年6月に観光名所(青い池)駐車場利用税(500円)と宿泊税(1人1泊200円)を徴収する条例を可決し、年間4億数千万円の収入を見込んでいる。いずれにしても地方分権の再構築が必要であるが、とりあえずインバウンド観光立国の影響を受ける過疎の町に対する政府による効果的なサポートが不可欠だ。
日本の観光立国政策は、これまで自民党の2人の重鎮(二階俊博氏と菅義偉氏)によって主導されてきた。今後の中央政界における観光立国政策の見直しの在り方を注視していきたい。
(北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)