群馬県の四万温泉へ向かう高速バスの中でスウェーデンから来たひとり旅の男性と話す機会があった。彼は来日2度目、前回は東京のホテルを拠点に日光や鎌倉、富士山に行ったが、今回は日本の旅館に泊まりたいと四万温泉を選んだという。その理由の一つが、温泉に浸かり、浴衣を着て部屋食を味わってみたいことだと語ってくれた。
筆者は観光関連の講座を受け持っている短大で、日本の宿泊施設の特徴は1泊2食付きだと教えており、授業でこの男性との会話を引用した。
ところが、さまざまな事情でこのスタイルを取りやめる宿が出てきているようだ。東洋経済オンラインの4月20日版に、「京都で1泊2食付を止める旅館が続出。『素泊まり』『飲食店の予約代行』にシフトの背景には外国人観光客の<正直な本音>があった」との記事が載っていた。思わず中身を読んでみると、夕食を提供しない理由は人手不足だけではないと書かれていた。
筆者の取材経験に加え、東洋経済オンラインの内容をかいつまんで書くと、外国人観光客は事前に観光地やグルメなど日本の旅マエ情報をウェブなどで調べて来日する。食に関していえば、彼らが好むのがすき焼きやラーメン、そしてすしというのが定番のようだ。牛丼も人気。新宿の有名ラーメン店では、昼前には成田や羽田空港から直行してきたと思われるキャリーケースを持った外国人が列をなしている。
そんな彼らの頭の中にある食べてみたい”日本の食”と、旅館で出される手の込んだ和食にイメージの差があるらしい。酢の物や煮物に始まり、刺し身、天ぷら、小鍋料理などが次々と出されるミニ懐石風の料理が意外にも敬遠されると、記事は旅館のインタビューを交えて伝えている。
連泊も多い外国人観光客は、最初はこうした夕食を楽しむものの、2泊目以降の食事をキャンセルするケースもあると記事は続ける。また、朝食では、食べ残しが多いと記している。筆者も、彼らが旅館周辺のファストフードやコンビニで、おにぎりやサンドイッチ、から揚げなどを買う姿を目にすることがしばしばある。
外国人観光客は日本旅館の和食を求めてやってくる―もしかしてこうした先入観にとらわれたビジネスモデルが違うのではないかと、記事は示唆に富む。政府は2030年のインバウンドを6千万人と見込んでいる。
また、政府は東京や大阪、京都などへの集中から、地方都市への分散も掲げている。彼らは初訪日では、旅館の懐石風の豪華な食事を試してみても、2度目からは自分たちの好みのスタイルに固執するかもしれない。極論すれば、2泊目以降の夕食は不要に変更したいということもありうる。そうした場合、地方では旅館周辺の徒歩圏に飲食店やコンビニがあるとは限らない。
そうなると、食という点で、外国人観光客の失望を招く可能性も否定できない。かといって、隠し味やだしが効いて味わい深く、盛り付けや見栄えも重視する料理が売り物の日本旅館が、外国人の舌に合わせて髙カロリーの食事ばかりを提供するわけにもいかないだろう。観光立国、観光大国を目指すうえで、考えさせられる問題だ。
(日本旅行作家協会理事、元旅行読売出版社社長)




