
全国修学旅行研究協会(全修協、岩瀨正司理事長)が7月23日に行った「第42回全国修学旅行研究大会」で、「安全・安心の修学旅行を目指して―食物アレルギー対応の情報共有―」と題した対談が行われた。多くの修学旅行生を受け入れる京都市中京区の旅館「ホテル杉長」の杉原光信代表取締役社長が、自館が取り組む生徒の食物アレルギー発症防止対策、特に保護者、学校、旅行会社、旅館・ホテル間の正確な情報発信と共有に有効な教育旅行用食物アレルギー対応システムについて解説した。聞き手は全修協の岡田俊二常務理事。
安全・安心の修学旅行を目指して
岡田 本日のテーマは「安心・安全の修学旅行を目指して―食物アレルギー対応の情報共有―」。
昨年の第41回大会で、今の修学旅行がどんな問題、課題を抱えているのか、先生方、受け入れ機関にお聞きした結果、「旅行代金の高騰」「気候変動」「オーバーツーリズムによる研修行程の円滑な実施への影響」「旅行会社の疲弊、受け入れ機関の疲弊」「安全・安心確保のため、さらに厳しさを増す諸対応への要求(一例として、食物アレルギー対応のさらなる多様化、複雑化)」の五つが挙げられた。
1番目から4番目までは国や行政の施策も必要で、なかなかすぐには解決できない。そのため本日は5番目の事象の代表例である「食物アレルギーの対応方」について、ここでスポットを当て深掘りすることにした。
まずは杉原さんから、自館の紹介をお願いしたい。
岡田氏
杉原 私どもホテル杉長は、開業した1966年、高度経済成長期、かつ就学児童・生徒が多かったこともあり、多くの学校、生徒の皆さまにご宿泊をいただいた。
開業当初から教育旅行のお客さまをお迎えして、年間約4万人から5万人。60年近く営業をしているので、延べ200万人以上の方にご宿泊をいただいている。
食事メニューのすき焼き食べ放題が好評を得ている。毎年、「ホテル杉長BEEF(ビーフ)アワード」というコンテストを行い、お肉をたくさんお召し上がりいただいた学校様には、トロフィーと賞状をお渡ししている。
老朽化、耐震設備更新のため、新築工事を行い、3年前に新しいホテル杉長として再オープンし、現在に至っている。
発症者は年々増加傾向 入念な確認・準備が必要
岡田 食物アレルギー対応の現状、悩みをお聞きしたい。
杉原 アレルギーは年齢とともに変化をする。新たに発症することもあれば、なくなることもある。
幼児期、小学生低学年から発症は徐々に減る傾向にあるが、発症者全体としては増加傾向にある。2004年に人口の2・6%だったものが、2013年は4・5%と、約1・5倍に増えている。アレルギーを持つ生徒さんが増えていることは私たちにとっての悩みでもある。
アレルギーを起こす原材料は法令において指定されている。大きく分けて2種類ある。一つ目が特定原材料8品目。卵や牛乳や小麦など。この8品目は必ず表示をしなければならないアレルギー物質だ。
また、特定原材料に準ずる、表示が推奨されるアレルギー物質がある。アーモンドやアワビ、イカ、イクラなど、20品目が指定されている。
合わせて28品目。これが現在、法令により掲げられている。
これらは年によって改正されることがあるので、注意が必要だ。
円グラフ(別項)を見て分かるように、卵、牛乳、小麦がアレルギー発症数全体の約6割を占める。この3品目を外して調理をするには味付けが難しく、工夫が必要だ。
食事を生徒さんに安全に提供するには、保護者、先生方、旅行会社、旅館・ホテルの間で、入念な確認と準備が必要だ。
主に四つのステップがある。アレルギー情報を聞き取り、その情報を共有し、代替メニューを提案し、そして問題がないかどうかを確認して、最終的に賞味をいただく。
保護者から先生方、旅行会社、旅館・ホテルへと情報が伝達され、そしてまた反対に、旅館・ホテルから旅行会社、先生方、保護者へと、伝言ゲームのように、情報を伝えている状況だ。
その途中に、転記ミスや伝達ミス、勘違いが起きる可能性がある。
悩みや問題点をさらに整理すると、まず、個人情報の取り扱い。最近は大変厳しくなってきた。生徒の皆さんの宿泊情報だったり、アレルギー情報だったり、また来年からはマイナンバーカードを修学旅行に持参する必要がある。われわれ旅館・ホテルは、個人情報を先生方から預けられることになり、大変慎重な取り扱いが求められる。
次に、学校から一部の生徒さんの、個室での食事を希望される場合がある。心のケアや、指導のために希望をされるが、1人1部屋の個室は部屋数の問題もあり、対応に限界がある。
また、先生方、旅行会社から、メールなどで細かい質問や要望がバラバラと来ることがある。これらはまとめて送っていただけるとありがたい。
アレルギーを持つ人が増えることにより、原材料費、人件費、食事を提供するための工数が増える。
先ほど2013年次のアレルギーを持つ人の割合が全体の4・5%とお伝えしたが、例えば年間、3万人が宿泊されると、1350人分のアレルギー食提供となる。
数が少ないうちは、原価が高くとも、なんとか対応をさせていただいたが、人数の増加に伴って、われわれの利益を圧迫することになる。
特定原材料とそれに準ずる28品目にとどまらず、アレルギーを発症させる原材料は増える傾向にある。この中で最近多いのはトマト、キュウリ、レモン、青魚など。
症例によっては、さらに詳しい情報が必要となる。例えば卵アレルギーの場合、生卵を使用しているマヨネーズが食べられるか食べられないか。とんかつの衣やハンバーグのつなぎに使うが、少量ならば食べても大丈夫かどうか。卵の完全除去が必要かどうか。調理器具の洗浄や調理場所、提供方法の確認も必要となる。
これらの情報は直接、保護者の方とやり取りをする場合があり、場合によっては真空パックで冷凍した食材を送ってもらうこともある。やはりいち早く、詳しい情報を頂きたい。
また最近では、牛や豚など、宗教的な理由で食べられない食材がある人も増えてきた。その場合、除去するだけでなく、調味料などの確認もしなければならない。ハラル認証が必要な場合もあり、注意が必要だ。
好き嫌いについては、その対応をする場合、対応人数が大きく増えて、誤食の心配も増える。そのため当館では、そのご要望には応えていない。
ほかの旅館・ホテルからも多く聞くのは、アレルギー情報を確認するまでに時間がかかること。情報がなかなか来ないのだ。
先生方が大変お忙しいのは分かるし、旅行会社の方もシーズンに入ると添乗、添乗でなかなか時間が取れないのも分かる。しかし、ミスを防ぐために、少しでも早い情報提供をお願いしたい。
アレルギー対応食が正確に提供されること、その確認の徹底が重要
杉原 さまざまな問題に対処しながら旅館・ホテルは生徒さんに代替食を提案する。提案した代替食は、保護者、先生方、旅行会社、全ての方からOKが出てようやく準備が完了する。
これで当日、生徒さんをお迎えできるようになるが、最後に重要な確認がある。当日、アレルギー対応食が間違いなく提供されるかどうか。先生方、旅行会社、受け入れ施設が対応食の確認をすること。そして本人が指定の席に座っているか確認すること。当日はこの2点が重要で、ミスを発見できる最後のチャンスだ。
しかし、何重もチェックを行うからエラー対策は大丈夫と考えるのは単なる気休めに過ぎない。ある実験結果がある。2人、3人、4人、5人と確認する人数を増やした場合、理論的にはエラーを発見できる確率は限りなく100%に近づくが、実際は3人で65%、4人で55%と決して高くない。
3人でチェックをする場合、1人目は「あとの2人がちゃんと確認してくれるだろう」、2人目は「1人目が確認して、3人目も確認するから大丈夫だろう」、3人目は「前の2人が確認しているのだから、絶対大丈夫」。このような意識が働いてしまう。
当館は、スタッフだけで最低4回、確認をしている。全て同じ方法ではない。例えば卵アレルギーでだし巻きをごま豆腐に変更する場合。1人目は提供する前に調理したごま豆腐の数を確認する。2人目は変更するために除去しただし巻きの数を確認する。3人目は実際にお出しする際にごま豆腐の現物を確認する。4人目は残るであろう全ての食材の数を確認する。
万一、誤食が発生したら、どうリカバリーをすればいいのか。例えば消防訓練と同じように普段から緊急時の対応を周知、共有して、事が起きた場合は冷静に対処することだ。
先生方からさまざまな要望を頂く。誤食をなくすのは当たり前。そしてほかの生徒と同じようにアレルギーの生徒にもおいしく食事を食べさせたい。
楽しい思い出をたくさんつくってほしい。食事はそのための重要な要素だ。われわれは同業組合や、旅行会社が組織する連盟などの団体で、同業者が顔を合わせた時は情報交換を行い、最善の対応方法を模索するなど、できる限りのことをしている。
先生方には、私たちが最善を尽くそうとしていること、できるだけおいしく、楽しく食事を召し上がっていただきたく、そのための努力を惜しまずに行っていることをぜひ、ご承知おきいただきたい。
クラウド上のシステムで情報共有を
岡田 食物アレルギーへの対応メニューと対応方についてお聞きしたい。
杉原 対応は大きく分けて2種類ある。個別食対応と、完全除去食対応だ。私どもの旅館では個別食対応で提供させていただいているが、それぞれ長所と短所がある。
個別食対応は、お1人さまごとに、アレルギーの種類によってメニューを変えて提供する。例えば卵アレルギーの場合は、だし巻きをごま豆腐に、親子鍋は卵で閉じない、といった具合に、一人一人個別のメニューをご用意する。
アレルギー物質を含まない料理に関しては、ほかの生徒さんと同じ内容で提供する。
長所はそれぞれのアレルギーに応じて細かく対応ができる点。多くの旅館・ホテルが個別食対応をしているために、情報の共有がしやすい。
短所としては、調理、確認の工数が多く、保護者、先生方、旅行会社に何度も連絡をする必要がある。そして、転記ミスや確認漏れなど、一定の誤食の可能性があるということだ。
もう一方の完全除去食対応。こちらは1種でもアレルギーをお持ちの生徒さんがいる場合、特定原材料とそれに準ずる28品目を全て除去した食事を提供する対応だ。
長所としては、確認に必要な工数を大幅に減らすことができる。28品目に対するアレルギーがあるかどうかだけ、確認をすればOKだ。
反対に短所としては、28品目以外には対応していないこと。そして、原材料費が高くなってしまうことだ。28品目を原材料に使っていないので、味の調整も難しい。
個別食対応と完全除去食対応、それぞれ長所、短所があるので、各旅館・ホテルさんは、それぞれの事情に応じた、最適な提供方法を採用しているものと承知をしている。
岡田 食物アレルギーの対応について、受け入れ施設はさまざまな困難を抱えている。
アレルギー品目の把握や、該当する生徒さんと品目の特定、対応食の選定、間違いのない提供と、多くの関門を抱えているが、まずは該当する生徒さんに関する正確な情報の把握と共有が必要だ。
杉原社長はその点において新たな対応システムを構築していると聞く。
杉原 前段で、アレルギー対応の現状と、ご提供までの流れについて、ご説明をさせていただいた。
何度か問題点として挙がっていたが、いち早く情報共有する、転記ミスや勘違いを減らす。これらを目的としたクラウド上のシステムを構築しているので、ご紹介をさせていただきたい。
クラウド上にフォルダーを用意して、そこに食事のメニュー、個人のアレルギー情報、代替メニューなどをアップロードして、これらの情報を保護者、先生方、旅行会社、旅館・ホテルで共有したり、更新したりするものだ。
情報を共有、一元管理することにより、情報伝達に関わる全体的な工数を減らし、人為的なミスや確認にかかる時間を削減できる。代替メニューの提示、確認、決定を、保護者と施設との間で直接できる。必要な場合、施設が直接、保護者と連絡を取れる。メニューの変更や承認の履歴が残り、状況の把握、確認が容易にできる。
アレルギーを聞き取り、情報を共有し、旅館・ホテルが代替食の提案をし、そして代替食を保護者、旅行会社、旅館・ホテルで承認する、という具合に、今までと同じ四つのステップを踏む流れだが、システムを使うことで、保護者、先生方、旅行会社、旅館・ホテルの全てが情報を同時に確認できることになる。
従来は保護者、学校、旅行会社、旅館・ホテルへと、伝言ゲームのように情報を伝達していたものが、全てが一度に情報を共有できることになる。
岡田 食物アレルギーへの対応については、関係される方々が長年にわたり、大変ご苦労をされている。
生徒の大切な命にかかわることで、確実な対応が必要だ。
本日紹介したシステムなどを有効に活用して、全ての関係する皆さまが業務の負担軽減を図りつつ、正確な情報を共有した上で、確実な対応を進めていくことが必要だ。
杉原 修学旅行は学校単独では成し得ない教育活動だ。学校、生徒・保護者、宿泊・輸送関係などの各受け入れ機関、旅行会社の緻密な協働により、安全・安心な修学旅行が実施可能となる。
なんとかして安全・安心を確保して教育旅行を盛り上げ、生徒の皆さんに教育的意義の深い貴重な体験の場を今後も提供し続けていきたい。
お客さまと業者という一般的な関係ではなく、教育旅行を支える同志として、お互いに現状を共有し合い、できることとできないことを相互に理解し納得しつつ、誠意を持って協働していくことが、さらなる教育旅行の深化、発展に必要なことではないか。
研究大会の様子