
香港の訪日旅行会社「EGLツアーズ(東瀛遊旅行社有限公司)」代表の袁文英(ユンマンイン)氏の名を知らない観光関係者はいないだろう。親愛の情をこめて皆、「えんさん」と呼ぶ。袁さんはツアーガイドから身を起こし、16年に外務大臣表彰、18年には旭日双光章叙勲と、中国香港と日本の架け橋として、その功績は広く知れ渡る。本社を置く九龍観塘のEGLタワーには連日、“袁さん詣で”の訪問客が絶えない。今では42の国内自治体で、観光大使などを務めている。
袁さんとの最初の出会いは那覇だった。東日本大震災がきっかけで通うようになった沖縄で、「EGL OKINAWA」代表の小島博子さんと知り合った。那覇・香港のチャーター便を次々と成功させていた。「女性同士で気が合うだろう」と、沖縄ツーリストの東良和会長が仲をとりもってくれた。今では彼女の信奉者。尊敬する業界女性の一人だ。
那覇・久茂地の沖縄料理店「えん沖縄」の代表・又吉真由美さんが香港から一時帰国したと聞けば、皆で店に集ってにぎやかに杯を傾けた。そうするうちに、袁さんとも出会えた。全ては「縁」だ。
さて、この原稿が世に出るころには、日本の大災害説が少しは収束しているだろうか。
日本人漫画家の予知夢を題材にした作品を発端に、今年7月に日本で大災害が起こるといううわさが香港で広まり始めたのは去年の暮れあたりから。その後、観光業界に激震が走ったのは周知の通りだ。香港からの日本行き旅行のキャンセルが相次いだ。空の便は減便や撤退に追い込まれ、その影響は香港以外にも広がっている。
去る6月、香港で袁さんを訪ねインタビューしたところ、3月のミャンマー地震が日本離れを加速させたことが分かった。そもそも香港は、大きな地震に縁遠い。「迷信や風評を信じるな」と言っても、説得力はなさそうだ。怖いものは怖いのである。
だが袁さんは、「ピンチはチャンス」と語る。うわさが広まるなかでEGLツアーズでは、航空会社の空席を買い取り、さらに日本での旅行中に震度6以上の地震に見舞われた場合は全額返金すると、手厚い補償をつけた。
袁さんが、これだけ日本の観光事業者たちに必要とされているのは、「心」ではないかと、会話をしながら感じた。義理堅くて人情味あふれる人柄。それは、もともと日本人が大切にしてきた心だ。「近ごろはデータ至上主義ですね」とも。社長然として偉ぶらず、今も自らがオペレーションも担うという。
コロナ禍明けの日本で香港線が瞬く間に回復・増便を遂げたのも、彼の手腕のたまものだ。表情には出さないが、今の状況に忸怩(じくじ)たる思いでいることだろう。
ただ、こうした局面でも粛々とやるべきことはある。非常時の危機管理情報の発信や対応整備など、災害が多発する日本の側が主体となって進めることが重要だ。特に地方空港では、観光バスの費用高騰や車両の古さを口にした。リピーターが多い香港の人たちを安心させ、より満足してもらうために準備をするよりほかはない。
末筆となるが、EGLツアーズのジミーさん、そして末廣啓一さん・景子さん、温かいお迎えをありがとうございました。
(淑徳大学経営学部観光経営学科学部長・教授 千葉千枝子)