
逆境をチャンスにー旅館の再生プラン
オールインクルーシブは、館内で飲食やアクティビティを完結させる仕組みにとどまらない。地域の体験や文化を取り込み、滞在全体を価値あるものへと高める経営戦略である。適切に導入すれば、施設の独自性を強めると同時に、観光地全体の魅力向上にもつながる。
たとえば、地元の酒蔵やワイナリーと連携し、食事会場でその酒蔵やワイナリーのストーリーを紹介したり、フリードリンクの銘柄を充実させたりすることで、顧客満足度を高めつつ売店売り上げの拡大を実現できる。観光資源が乏しい地域でも、地元の工場等と連携し、産業観光やナイトタイムツーリズムを組み合わせ、新たな魅力を創出することが可能だ。また、地域レストランとの食事券提携やアクティビティの外部委託を組み合わせれば、宿泊業と地域産業の双方に利益をもたらす仕組みを築ける。
日本の宿泊業には、かつて囲い込み型経営の時代があった。高度経済成長期の大型旅館は、宴会場やクラブ、カラオケを整備し、団体客の消費を館内にとどめた。効率的ではあったが、地域の商店や飲食店の発展を阻害し、地元から反発を招いた歴史がある。今日の旅行者は地域らしさや体験価値を強く求めている。オールインクルーシブは、囲い込み経営の再来ではなく、地域と共に成長するための仕組みである。
収益面でも、オールインクルーシブは単なるコスト増にはならない。一見するとドリンクや軽食などの別注売り上げは減少するが、宿泊単価の上昇、稼働率の改善、再来訪率の向上によって全体収益はむしろ高まる。チェックイン時に精算を完結させれば、フロントやレストランでの伝票処理が減り、オペレーション効率が向上する。人件費削減に直結するだけでなく、スタッフが接客に専念できる環境が整い、サービス品質の向上にもつながる。
今後の宿泊業にとって重要なのは、施設単独での価値提供から、地域全体を巻き込んだ体験価値づくりへの転換である。地元食材を生かした料理、酒蔵や農園との協働、伝統芸能や職人技の体験などを積極的に取り入れることで、他施設との差別化が可能になる。特に中小規模の宿泊施設ほど、地域との結びつきを強みに独自のオールインクルーシブを展開できる余地が大きい。
オールインクルーシブはもはや料金体系の工夫にとどまらない。地域共創を軸に据え、顧客体験と収益性を両立させる戦略として活用することで、施設の競争力を高めると同時に、観光地全体の持続的成長を実現できる。今後の旅館・ホテル経営において、オールインクルーシブは不可欠な選択肢となりつつある。
(アルファコンサルティング代表取締役)