
逆境をチャンスにー旅館の再生プラン
旅館・ホテルの客層は、地域や立地、歴史的背景、サービス特性によって多様である。かつては団体旅行が主力であったが、今や旅行の主流は個人旅行や少人数のグループに移行しており、団体旅行は明確に少数派となっている。この変化は、少子化、働き方の多様化、価値観の変容といった構造的な社会変化によるものであり、一過性のトレンドではない。
にもかかわらず、いまだに団体旅行全盛期の運営体制や発想に縛られ、個人客中心に変化した市場に対応できていない旅館・ホテルが少なくない。その根本には、過去に団体客で成功してきた経営者や幹部が、当時の成功体験を無意識のうちに「正解」として固定化し、それが現場全体の運営方針に影響を及ぼしているという現実がある。
たとえば、朝礼や会議で経営者が、「団体客は効率が良い」「閑散期こそ団体を狙え」と語れば、現場はその言葉に従い、個人客対応よりも団体を優先する姿勢を強めてしまう。たとえ来館者の大半が個人客であっても、現場が見ているのは「今いる顧客」ではなく「過去の成功モデル」なのである。その結果、個人客に対する細やかな対応がおろそかになり、サービス満足度の低下を招いている。
こうした姿勢は料理の提供方法にも表れる。団体客向けに効率重視で設計された「並べ置き+固形燃料で温める」提供スタイルを、個人客にもそのまま適用してしまうケースが見られる。これは調理・配膳の負担を軽減する効果がある一方で、料理の鮮度や演出を重視する個人客にとっては、魅力に乏しい印象を与えてしまう。問題なのは、このスタイルが「団体だから仕方がない」ではなく、単に「施設側の都合」で行われている点にある。顧客満足よりもオペレーションの効率を優先する姿勢が、高付加価値化の障壁となっている。
現場に優秀なスタッフがそろっていたとしても、組織全体に染み付いた「団体主義」の価値観が根強ければ、個人客の期待に応える柔軟な対応は難しい。最近では、接客そのものに明確な問題はなくとも、「個人客としての満足度が低い」という理由で口コミ評価が伸び悩む施設も増えている。
いま求められているのは、経営者が過去の成功体験から一歩引き、「個人客が何を求めているのか」という視点に立ち直すことだ。既成概念に固執すればするほど、現在の市場とのズレが広がり、経営の持続可能性を脅かすことになりかねない。時代はすでに変わっている。問われているのは、現場ではなく、経営者自身の意識改革である。
(アルファコンサルティング代表取締役)