【観光立国・その夢と現実 66】私の人生訓② 小原健史


 前号で父の遺訓として「自分の言動に信念をもて!」があると述べたが、その信念とは自己の旅館業の経営を通じて地元の嬉野温泉の繁栄を図ることであったが、年を経るごとに全国の旅館業や観光産業の繁栄を図ることに変容していった。

 “信念”とともに父がよく言っていた言葉は“筋を通せ”ということである。“道理”、すなわち、人の道にあるべき言動を!ということであり、分かりやすく表現することは難しいが、例えば【A氏からB氏を経てC氏に依頼されたことは、その可否をC氏はB氏を通してA氏に返すべきで、決して直接A氏に返してはならない】。なぜなら、直接A氏に返答したら、仲介したB氏は蚊帳の外におかれ、場合によっては、B氏はC氏にもA氏にも悪感情を持つことになるかもしれない。また、A氏は事の成否に関わらずB氏に感謝の念を忘れてはならない。人の信頼の順番を違うなとの戒め、これが一つの筋を通すことの例であろうか!

 感謝の念といえば、私の兄であった小原大治は、兄弟の中では最も商売熱心で義理に厚い人物であった。若いころ、会議の後のロビーでも、ゴルフ場でも、夜の歓楽街でも、どこにおいても大治兄は「こんにちは、いつもありがとうございます!」が口癖であった。 

 ある日、20歳代のひよっこの私が兄に「なんで、兄ちゃんはどこでも、ありがとうございます。お世話になっています!って言うと?」と問うたところ、兄はこう言った。「ケンジ、いいか! われわれは旅館の経営者だぞ。われわれの知らないところで、いつ利用してもらっているか分からん。だから、いつもありがとうございます!と言えば、相手は気分を害することはないし【あれ、大治社長はこの前利用したことを分かっているんだ】と旅館の評価も上がり、少なくとも良い感じを持ってくれるし【何も利用してないのに御礼を言われたら、たまには大治さんの龍登園を利用せんといかんな!】となる。ケンジ、これはトップセールスの一つバイ!」と言った。 

 また、大治兄は自分に会いにきてくれた人には他人や身内を問わず、どのような時にも必ず見送ることを常としていた。 

 あることで私を叱りつけるべく呼んでおいて、十二分におきゅうを据えた後でも、旅館の玄関先まで送り、車が見えなくなるまで見送る。
これは簡単に誰にでもできることではない。私は77歳の歳を刻むが、58歳にして惜しまれて天国に旅立った兄には今でもとても敵わない。

 父の遺訓に戻るが、1990年に私の手で開業したテーマパーク肥前夢街道はバブル経済とリゾート法の追い風に乗って、開業1年目は、入場者が100万人を超え、その年のゴールデンウイークには1日に2万人の入場者を記録した。

 予想を超すお客さまの多さに高速道路の嬉野ICで降りる車の渋滞の列は数キロにおよび、周囲の道路も大渋滞し、茶農家からは茶摘みの後の荒仕上げができないと怒鳴り込まれる有様であった。 

 そのような中、父は私に言った。「ケンジ、お前に一つ言い忘れたことがある。仕事がうまくいってカネがある時はないフリをしろ! 逆にカネがなくて困り果ててる時は、カネのあるフリをしろ! 毎晩はしご酒をして数軒の飲み屋を回れ! わしが言っていることが分かるか?」。ポカンとする私に「いいか、カネがある時にカネがあるよ!という姿勢では、他人はむしり取りにくるぞ。寄ってたかってお前のカネに襲い掛かると思え。逆にカネがない時にうな垂れていては、周りの皆は去っていく。世の中そんなもんだ!」。テーマパークの成功で伸びきった私のてんぐの鼻は、見事に父親から叩き折られた。

     (元全旅連会長)

 
 
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