
私の視点 観光羅針盤
トランプ大統領が仕掛けた米国第一主義による関税戦争で世界的混乱が継続する中、中国は、9月1日に「上海協力機構(中露主導の国際組織)」首脳会議を開催し、「秩序ある世界の多極化」を提唱して米欧主導の国際秩序に対抗する姿勢を鮮明にした。3日には天安門広場で各国首脳を招待して、抗日戦争勝利80年記念式典を挙行し、大規模な軍事パレードを行って中国のパワーを誇示した。
世界的に大混迷時代が到来する中で、日本の中央政界は与党が衆院に続いて参院でも過半数を失い、与野党を通じて既成政党離れが深刻化している。9月7日に石破茂首相がようやく退陣を表明し、新しい政治リーダーへの期待が高まっている。しかし、かつて賢人が遺した金言(政治屋は次の選挙を考え、政治家は次の時代のことを考える)に基づくと、果たして現代日本の中央政界に優秀な政治家がいるのか不安を感じる。
現在の日本は危機的と言えるほど数多くの内憂外患を抱えており、安っぽい政治屋ではなく、優れた政治家を必要としている。日本観光の未来を考える時に最も大切な課題は言うまでもなく、まともな地方創生の実現だ。少子高齢化が顕著に進展する中で、「住んでよし、訪れてよしの国づくり」としての観光立国をまともに推進するためには、着実かつ確実な地方創生の実現が不可欠になる。
第2次安倍政権は2014年に「地方創生」を打ち出し、交流人口の拡大による観光振興や雇用促進に多くの予算を投入したが、地方の人口減少と東京一極集中に歯止めが掛からないまま今日に至っている。石破政権は、今年6月に「地方創生2・0」を打ち出し、関係人口を重視する政策への方向転換を図った。第2次安倍政権が推進したいわゆる「地方創生1・0」では、交流人口をめぐって地域間で人の奪い合いが生じたことを教訓にして、仕事や趣味などを通して居住地以外の地域に継続的に関わる「関係人口」重視への転換が具体的に検討されている。
政府は、関係人口の制度化を図るために「ふるさと住民登録制度(実際に居住していなくても、任意で住民として登録できる仕組み)」を創設し、向こう10年で1千万人、将来的には1億人規模の登録を目指すと表明している。政府による関係人口への期待は、特産品購入・ふるさと納税・観光リピーターなどによる「地域経済の活性化」、ボランテイア・副業・二地域居住などによる「地域の担い手確保」が想定されている。
政府による「ふるさと住民登録制度」創設に対して、島根県の丸山達也知事は記者会見で「われわれが解決したいと思っていることとかけ離れた”おとぎ話”みたいな話をされても困ったものだ。怒りではなく、悲しみを覚える」と早速厳しい苦言を呈している。
霞が関は「関係人口」という言葉遊びと操作可能な数値遊びによって、地域社会が抱える根源的事実(少子高齢化の深刻化による衰退沈下)を覆い隠している。霞が関の空論に踊らされずに、地域の実態に根差した地方創生に対する政治的責任をまともに担える優れた政治家の登場に期待したい。そのためには、政治家を選ぶ国民の側の「危機に対する覚醒」が不可欠になる。
(北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)