
「経営理念は立派だが、現場に浸透していない」「現場は頑張っているが、方向性がバラバラ」―こうした悩みを抱える経営者は少なくありません。経営理念、戦略、戦術という階層構造は理解していても、それらが有機的に連動せず、組織全体として力を発揮できないケースが頻繁に見られます。今回は、抽象的な理念と具体的な現場業務をいかにつなげ、真に「活(い)きた組織」を創造するかについて考えてみたいと思います。
多くのお宿で起こる問題の根本は、経営の各階層が孤立していることにあります。経営理念は「お客さまへの真心のおもてなし」といった抽象的な表現にとどまり、現場では「部屋を時間内に清掃する」「料理を温かいうちに提供する」といった作業レベルの指示のみが飛び交います。
この状況では、うまく機能している時期は問題が表面化しませんが、競争激化や経営環境の変化に直面した際、組織全体としての方向転換ができなくなります。なぜなら、現場スタッフには「なぜその業務を行うのか」という目的意識が欠如し、経営陣には「現場の実情に即した戦略修正」ができないからです。
ではどうするか? まず、経営理念を現場スタッフにも腹落ちする言葉で再表現することが必要です。「お客さま第一」ではなく、「お客さまが日常を忘れ、心から安らげる時間と空間を私たちが創り出す」といったように、具体的なイメージが浮かぶ表現に変換します。
重要なのは、この理念が経営者の「本心」から出ているかどうかです。形だけの理念では、現場に伝わることはありません。
次に理念を実現するための大きな方向性を、現場が理解できるレベルまで落とし込みます。例えば前述の理念に対し、「静寂な環境づくり」「季節感あふれるおもてなし」「一人一人に寄り添うサービス」といったアクションテーマを設定します。そして具体的な業務一つ一つに、理念や戦略との関連性を明示します。例えば、接客係におけるお料理の提供も、単なる作業ではなく「お客さまが緊張することなく、ほっとする心地よさを感じていただくための所作」という理念の実現手段として位置づけます。
抽象から具体への一方向だけでなく、具体から抽象への「逆算思考」も同様に重要です。日々の現場で起こる出来事を、理念や戦略の観点から意味づけし直すことで、スタッフの仕事に対する誇りと理解を深めます。お客さまからの感謝の言葉、クレームへの対応、同僚との連携など、全ての経験を「理念実現のプロセス」として捉える習慣を組織全体で共有します。
理念や戦略に関する共通の言葉を組織内で育てることで、抽象と具体の橋渡しを円滑にすることができます。例えば、「お客さまの笑顔ポイント探し」「お客さまがほっとする場面づくり」といった独自の表現を使い、日常会話の中で理念を語れる環境をつくります。
お宿経営における「活きた組織」とは、理念という魂が現場の隅々まで行き渡り、同時に現場の知恵が経営戦略に反映される有機体のことです。抽象と具体の往復運動を意識的に設計し、継続的に実践することで、単なる作業の集合体ではない、真の意味でのチームワークが生まれます。
失敗の法則その67
経営理念は作って終わり。現場は作業に追われ、こなすことで精いっぱいの状況が続いている。
その結果、うまく回らなくなってきた時、軌道修正が効かない。
そこで、理念という抽象と現場の作業という具体を行ったり来たりして、絶えずこれらがつながっている状態を継続させよう。
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