空き家再生民泊が生む 新しい交流とエコシステム 愛媛県興居島の事例(1)~Airbnb×民泊施設運営者×愛媛県知事 座談会


 興居島(ごごしま)という名前を聞いたことはあるだろうか。道後温泉などで知られる愛媛県松山市の西側に浮かぶ有人島だ。斜面にはミカン畑が広がり、夏には海水浴などでにぎわう風光明媚な興居島に、近年、空き家となっていた古民家を活用した民泊施設が続々とオープン。Airbnb(エアビーアンドビー)経由で国内外の旅行者が多数各施設を利用し、興居島での滞在を楽しむ姿が見られるようになってきた。興居島でリスティングを提供する民泊施設のホスト(施設運営者)にお集まりいただき、民泊運営のきっかけや魅力などについて語ってもらった。(7月18日、愛媛県松山市「古民家宿 傳次」で)

座談会出席者

古民家宿 傳次                         大塚 仁美 さん

GuestHouseYULLAT (大一合板商事 民泊事業担当)小笠原 雪乃さん

離島貸別荘 興居島日和 (ナルサ 代表)             松本 詩野 さん

オブザーバー

愛媛県知事                            中村 時広 さん

聞き手

Airbnb Japan 公共政策本部本部長            大屋 智浩 さん

 

  ――民泊開業の経緯と宿の特徴を教えてください。

 大塚  興居島の海の家によく遊びに来ていて縁があり、古民家宿をやるならば興居島でという思いを持っていました。コロナ禍の頃に古民家を探し始めて、23年の夏にオープンしました。

 宿の特徴は、古民家の良さ、伝統構法を最大限に生かしていることと、それをお客さまに体験してもらえるところです。テレビもないですし、使い勝手も割と悪いですが、そういったところが好きな方、本当にゆっくりしたい方が利用してくれています。

 小笠原  大一合板商事という松山の会社で民泊事業をしています。古民家の特徴を生かした、コンセプトの異なる民泊を5施設運営しています。最初は空き家を賃貸という形で活用していましたが、コロナ禍でのワーケーション需要への対応などから、民泊とコワーケーション施設を始めました。

 このうちYULLATは、「遊んで泊まれるゲストハウス」がコンセプトです。雨でも卓球やボードゲームなどを楽しめます。

 松本  本業が建築業なので、興居島に空き家がたくさんあることは知っていましたが、興居島には来たことがありませんでした。初めて船に乗って島に来た時の非日常感は魅力的で、空き家を何とかしたいと思い、民泊をやろうと決めました。民泊に合う空き家を4、5年ほど探して今の物件にたどり着きました。

 室内で映画を見たり漫画を読んだりゆっくり過ごすこともできますが、庭で火がたけるので、外で肉を焼いたり、花火をしたり。海もすぐなので、特に夏はみんなで汗だくになってにぎやかに過ごしていただくことも多いです。

大塚さん

 

――宿をやるにあたって、なぜ新築ではなく古民家だったのでしょうか。

 大塚  私は昔から古材や古民家が好きで、ゆくゆくは古民家を買ってリフォームして暮らしたいという夢があったんです。この宿は自分の癒やしの場所であり、自分がこの建物の一番のファン。その上で、たくさんの人に興居島や古民家の魅力を体験してもらうために、自分の別荘を活用しているということになります。

 松本  本業が建築業なので、昨今の建築価格の高騰と、躯体があるだけでも建築価格をグッと抑えられることはよく分かっていました。どんなにボロボロでも柱だけでも使えれば家は生きかえります。建築費用を抑えるだけでなく、建物にもう一度命を吹き込みたいという思いもあっての古民家活用でした。

 

 ――実際に準備の中で課題はありましたか。

 松本  普通の家ではないので、誘導灯の必要など、電気設備も違うものを導入しなければならないのは少し苦労しました。ですが私も大塚さんと同じく、興居島日和の一番のファン(笑い)。来た人がどうやったら喜んでくれるのかだけを考えて作りあげたので、大変さより「楽しい」の方が大きかったです。

 小笠原  日帰りで楽しめるのが魅力の興居島に、宿泊施設が必要なのかという疑問はありました。ですが実際に島に来て、15分でこんなに楽しめる、穏やかになれる島があるのだと体感し、民泊事業の可能性を見いだしました。そこで外国人観光客にも訴求でき、コスト面でも抑えられる古民家のリノベーションを選びました。資金面では、事業再構築補助金なども活用しました。

小笠原さん

小笠原さん

 

――空き家を宿にすると伝えた時の、ご近所の方の反応はどうでしたか。

 小笠原  「いいね」と言ってくれる方と話す機会が多く、喜んでもらえている感覚はありましたが、賛否あるとは思います。ゲストは楽しいのでどうしてもにぎやかになりがちですが、やはり周りには穏やかに過ごしたい住民の人もいます。ですから毎年、連休前後や夏休み前後はあいさつに行くなど、近所の方のケアやコミュニケーションには最初から気を付けていました。

 松本  近くに民家が2軒しかないのですが、「(元々の空き家が)老朽化しすぎていて『けもの』が住みそうだったから、キレイになってよかった」と言っていただけました。夜の騒がしさも心配していたのですが、開業1年後にあいさつに行った時にも大丈夫とのことでホッとしました。

 大塚  自分の別荘のつもりが途中から民泊にしたのと、この地区が初めてだったこともあって、最初は言い出せませんでした。工事が始まってあいさつやおしゃべりをして仲良くなっていく中で伝えた気がします。でも「あ、そう」という反応で(笑い)。嫌な感じではなかったです。

 今はお客さまが来るときは、こういう人が何人、いつ来るかは伝えています。

松本さん

松本さん

 

――ゲストを迎える中で、印象的なエピソードがあれば教えてください。

 松本  最初の頃にフランスからのお客さまの予約が入ったのです。始めたばかりだし、フランス人だし、メッセージの文章が通じなければ終わりだと焦りました(苦笑)。Airbnbの翻訳機能がスムーズで本当に助けられました。でもいつ連絡が来るか気が気でなくて、ずっとスマホを握りしめていましたね。結果、1週間くらい滞在してくれて、興居島も家もゆっくり遊んで帰ってくれたので、本当にほっとしましたね。海外の人ともやり取りできるという自信になりました。

 小笠原  私が印象深かったのは、パン作りをしたゲストのことです。事前に塩など一般的な調味料は置いていると案内していたのですが、置いていた塩がパン作りに使えない塩だと連絡が入って、困ってしまったんです。そうしたらゲストから「今、お隣さんがあいさつに来てくれて、その時に塩をもらいました」と(笑い)。普段から少しでもあいさつなど交流することで関係性を作れていたことが奏功しました。近隣の方が私たちにいい印象を持っていてくださっているのだと感じた出来事でした。

 私たちの知らないところで、ゲストが島民と交流して、野菜や魚をもらったといった話もよく聞きますし、うれしいですね。

 大塚  ドイツ在住の日本人オーボエ奏者の方が、教え子を連れて合宿に来て、何泊か滞在されました。「宿も良かったけれども、島の人の雰囲気や親切さがすごく良かった」と気に入って、リピーターになってくれたんです。私にとってうれしいのは、宿を気に入るだけでなく、私が好きだと思っている興居島を、同じように気に入ってくれたことです。島の人はみんな元気だし、親切だし。島に暮らすように滞在して、島の人含め、島全体を好きになってもらいたいですね。

 小笠原  開業してから分かって驚いたのですが、年末年始や夏場は、島にゆかりがある人の利用も多いです。実家がなかったり、あっても、夜は自分たちでゆっくり過ごしたかったり。ご飯だけ宿に集まってみんなで食べて、家がある人は帰っていく場合もあります。宿が家族との時間を過ごす場所にもなっているのはうれしかったです。

 松本  予約の時に「都会から行きます、ちょっと癒やされたいです」といったメッセージをしょっちゅう見ます。なので「何もせず、ゆったりまったりしてくださいね」と伝えています。みなさん本当に疲れていて、癒やしを求めていますよね。

 

 ――外国の方も島に来るようになりました。どうやって知るのでしょうか。

 松本  うちはAirbnbを見てきてくれていますが、宿泊施設以外のところはグーグルマップの情報が充実していてそちらを見てくるようです。

 小笠原  韓国の方は、インスタグラムのような韓国のアプリがあって、そこでの情報を参考に興居島を知った人が多いようです。

 

――民泊が増えたことは、島に何か影響を与えていますか。

 大塚  お弁当屋「味喜」の出張料理や、「島うどん」の夜の宴会コースは非常に助かっていますし、利用が増えていると思います。特に島うどんは歩いてすぐなので、ゲストはよくお店に行って、島うどんの店長さんや島民とおしゃべりを楽しんでいます。行ったゲストも良い店だったと言われますね。なのでお客さまには、食べ物を持ち込むか尋ねるのと併せて、「こんな店やサービスもありますよ」と提案しています。

 小笠原  うちも予約が入った段階で、夜ご飯の選択肢の情報提供をしています。ビアファームでも、季節によっては芹鍋などを出しているので、そのような情報を共有、発信するなど協力してもらっています。ゲストに喜んでもらいながら、利用される島の飲食店にも喜んでもらえるような形でうまくいっていると思います。

 最近、清掃をお願いしている人がすしを握れるということで、出張ずしを始めました。そんな新しいサービスも出てきています。

 

 ――清掃やチェックイン業務などは地元の方にお願いしているのでしょうか。

 松本  清掃は、島民の方と(対岸の)高浜の方と、松山市内の方でチームを組んでやってもらっています。そのチームは小笠原さんの民泊と共有しています。

 大塚  うちは私が清掃しています。私は副業でやっているので、平日にお客さまは入れず、また週1回お客さまが入ったら前後は予約をブロックしています。ただ、庭木の水やりは近所の方がやってくれています。

 

 ――事業を始めてみての課題などはありますか。

 小笠原  スタッフの確保は大変です。もっと島の中で雇用を上手に回せたら良いと思いますね。

 

 ――ホストをしていて何が一番楽しいですか。

 松本  予約が入ったというだけでテンションが上がります(笑い)。いろんな人に泊まって喜んでもらって、高評価をつけていただいて。それを見るのも楽しいです。

 小笠原  ゲスト用のノートに、大人だけでなくお子さんも書いてくれて。それを見るとうれしいです。また来て見てほしいなあと返事を書くこともあります。リピートがあるとやっぱりうれしいです。

 大塚  やはり自分の施設のファンなので、ほめてもらえるとうれしいですし、もっと頑張ろうとなります。

 

――もう1軒古民家民泊をやってみたいですか。

 松本  水回りが整っていないと費用面などが大変なので、そこがクリアできて、なおかつ申請がすっと通るならいいですね。

 小笠原  興居島に限らず、いい話があればぜひ。

 大塚  違う物件ならばどういうふうにできるかなと考えるのが楽しいので、ご縁があればぜひやりたいです。

古民家宿 傳次

GuestHouseYULLAT

離島貸別荘 興居島日和

 

好事例を全県に波及したい――中村知事

 愛媛県の観光は道後温泉(松山市)が古くから歴史を刻んでおり、知名度で観光客の確保がある程度できていた。だがコロナ禍で県外からの観光客を呼べない難しい状況になった。その中で、古民家の可能性を示してくれたのが、大洲市だ。大洲市は、「天守閣に泊まれる」をキャッチに約30棟の古民家をホテルにしたことで大変なにぎわいを得た。

 本県では直接的にインバウンド客を引っ張ってくるため、松山空港にソウル便など国際便4航路を就航させ、アジア圏からの来訪客も順調に増えている。だが、松山市の中心部の観光だけではリピーターは生まれない。島しょ部や東予、南予などの異なるコンテンツを紹介することによって、リピーターが本県のさまざまな場所に行ってみたくなると考えている。

 またアジア圏からだけでなく、滞在期間が長くて消費額も大きい欧米豪からの顧客獲得も必要だ。そのためには、古民家、空き家を活用して、宿泊施設が少ないエリアをカバーすることが必要と考えている。

 本県の空き家は約15万戸あるとされ、空き家率が19.8%と、全国平均よりも高い割合となっている。そこで県では昨年Airbnb Japanと連携協定を結び、県内10カ所で民泊の登録拡大を図るべくセミナーを開催。この1年間で県内のAirbnbへの登録施設数は、約2.5倍となった。

 今回、興居島の民泊の皆さんのお話をうかがい、また空き家を活用した島内の民泊施設や観光・飲食施設を視察したことで、改めて、古民家、空き家を活用した宿泊施設等の整備が、地域に経済や交流面での好循環をもたらすことを実感した。また無人でもチェックイン等の手続きや管理ができる仕組みや、地域と連携した運営の在り方など、他の地域が参考にできる取り組みもさまざまあった。

 現代はデジタル社会、都市生活に疲れ果てている人がたくさんいて、その人たちの趣味の多くはキャンプやサイクリングなどアナログだ。そして古民家はまさにアナログ。興居島に来ると不便かもしれないが、日本文化に直接触れられるし、それぞれの宿の持ち味は違っても、どこも同じようにゆったりとした癒やしの空間がある。これが人を引きつけるのだと改めて感じた。そういう意味でも、空き家が多いということはそれだけ多くの「宝」があるということだ。

 それと同時に、皆さんのお話をうかがって、新規事業者の融資の受けにくさや消防設備の整備負担の大きさなど、民泊事業の立ち上げの難しさも再認識した。県としても立ち上がり段階のサポートシステムとして何ができるのか、考えていく必要がある。例えばクラウドファンディングの場合、出資者は必ず来てくれるので、資金集めというよりも事前の顧客獲得が期待できる。こういったものに関して、県としてバックアップできることはないか考えていきたいと今回の視察を通して感じたところだ。

 興居島の成功例は大きなインパクトをもたらすはずだ。素材はたくさんある。興居島のような空き家活用の好事例が全県に広がることを期待したい。これをより一層サポートしながら、私自身も空き家を活用した民泊施設の魅力や興居島の例を全県下に広げていけるようにしていきたい。

 

空き家再生民泊が生む 新しい交流とエコシステム 愛媛県興居島の事例(2)~興居島に生まれる新施設 に続く

企画・取材協力=Airbnb  J apan

 Airbnbは、2人のホストがサンフランシスコの自宅に3人のゲストを迎えた2007年に誕生しました。と地域で20億回を超えてゲストをお迎えしてきました。訪れるゲストが街や人とのつながりを肌で感じられるよう、ホストの方々はユニークな宿泊先やほかではできない体験、特別なサービスを日々ご提供くださっています。

https://www.airbnb.jp/


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