
宿泊業界を取り巻く環境は、この数十年で劇的に変化しました。インバウンド需要の急激な増加、デジタル化の波、そして予期せぬパンデミックなど、経営者は常に新しい課題と向き合ってきました。
そのような中、業界では次々と新しい経営手法やマーケティング戦略が注目され、多くの経営者がその最新ノウハウに飛びつきます。しかし、流行の手法はすぐに陳腐化し、また新しい「これこそが成功の秘訣」という情報に踊らされる。この繰り返しの中で、私たちは本当に大切なことを見失っていないでしょうか。
経営においては「やり方」と「あり方」を明確に区別することが重要です。「やり方」とは具体的な手法や戦術のことで、時代とともに変化し、更新していくべきものです。一方、「あり方」とは経営の根幹となる哲学や価値観であり、お宿の存在意義そのものを表すものです。
多くの経営者が「やり方」ばかりに目を向けるのは、それが売り上げや利益に直結するように見えるからです。しかし、真の競争優位性は「あり方」から生まれます。お客さまに選ばれ続けるお宿には、揺るぎない経営哲学があります。
「お宿はお客さまのためにある」「あなたのお宿をもうけさせようと思っているお客さまはひとりもいない」―この言葉の持つ意味を深く考えてみましょう。
お客さまがお宿を選ぶとき、その心の中にあるのは何でしょうか。日常を離れた特別な時間を過ごしたい、大切な人との思い出を作りたい、心身をリフレッシュしたい―そうした純粋な願いです。お客さまの関心事は、その旅館の収支や経営状況ではありません。
ところが、経営が厳しくなると、経営者は売り上げ確保や資金繰りにばかり意識が向いてしまいます。お客さまの満足度向上よりも、単価アップや稼働率向上といった数字ばかりを追いかける。その結果、本来最も大切にすべきお客さまの体験価値が二の次になってしまうのです。そして経営が悪化するほど、経営者の思考が「お客さまのために」から「経営のために」へとシフトしていきます。これは一見合理的に思えますが、実は最も危険な思考のわなです。
お客さま満足度の向上こそが、最終的に持続可能な収益を生み出す源泉であるにも関わらず、目先の数字にとらわれて本末転倒の施策を打ってしまう。お客さまには不可解な料金設定、行き過ぎたコスト削減によるサービス品質の低下、スタッフ教育への投資削減など、短期的には収支改善につながっても、長期的にはお客さま離れを招く結果となります。
真のお客さま第一主義とは、お客さまの喜びを第一に考え、それを実現するために全力を尽くすことです。お客さまが心から満足し、「また来たい」「人に薦めたい」と思えるような価値を提供する。その結果として自然に口コミが生まれ、リピート率が向上し、適正な料金で選ばれるお宿になっていきます。
変化の激しい時代だからこそ、経営者は自らの「あり方」を見つめ直す必要があります。お客さまにとって本当に価値のあるお宿とは何かを常に問い続ける。そして、その答えを具現化するために必要な「やり方」を選択し、実行していきましょう。
あなたの今の思考と行動は、本当にお客さまのためになっているでしょうか。経営数字への関心が、お客さまへの関心を上回っていないでしょうか。この問いに正直に向き合うことが、持続可能な旅館経営への第一歩となります。
失敗の法則その66
直面する売り上げ、利益、資金繰りで頭の中がいっぱいになり、「やり方」のみに走ってしまう。
その結果、一時的な改善はみられても、トレンドは下降していく。
そこで、「あり方」を再構築し、その実現のための「やり方」を実行していこう。
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