
三井氏
地域のソーシャルキャピタルを耕す
震災後の復興と高齢化が進む陸前高田市(岩手県)にて、地域住民と都会の中高生をつなぎ、目に見えない“ソーシャルキャピタル”を耕す新たな観光として民泊修学旅行を行っている。ソーシャルキャピタルとは、人々の信頼関係や協力のネットワークを指し、長期的な地域活性化の基盤となる概念だ。経済効果だけでなく、信頼と協力の絆を育むその取り組みを紹介する。
東日本大震災から5年が経過した陸前高田市は、被災による人口減少とともに高齢化率が40.4%となっており、地域おこしへの参画者は限られている。また、住民同士の連帯感や信頼関係の醸成には時間を要し、数値化しにくい難しさがある。地域の「絆」を育むためには、暮らしの中で世代や地域を超えた対話が求められる。
民泊修学旅行は、中学・高校の修学旅行を対象に、市内の家庭にて生徒を受け入れ、日常生活の体験を提供するプログラムである。当法人が事務局として受け入れ家庭の募集・研修、旅行会社や学校との調整、メディア対応などを一括で担当する。受け入れ家庭は漁師、農家、高齢者の一般家庭など約150軒にご協力いただいている。生徒は家庭ごとに漁業や農作業を体験し、食卓を囲んで震災の体験談や防災の知見を共有する。また、トランプや地元の暮らしを題材にしたゲームを通じて世代間交流を深める。遠方から訪れる生徒との交流は、地域住民に「全国に友人ができた」という喜びと“生きがい”をもたらしている。
2016年開始以来、これまでに延べ1万4千人の生徒が参加し、300軒以上の受け入れ家庭に協力いただいてきた。受け入れ家庭の収入は累計1億円を超えた。地域内での地産地消クーポン券(20以上の地元事業者協力)や体験コンテンツの拡充により、消費の地域内循環を促進している。結果として陸前高田市は、全国でも有数の民泊受け入れ規模を誇るまでに成長した。受け入れ家庭同士のネットワーク「民泊女子会」が自主結成されるなど、住民主体の情報共有や取り組みが増えてきている。まさにソーシャルキャピタルの醸成が自律的に進行している証拠である。
ソーシャルキャピタルはすぐに効果が見えにくいが、長期的な地域の持続可能性に不可欠である。民泊修学旅行は地域住民同士の絆を育む新たな観光である。他地域においても、観光を通じて世代や地域を超えた対話の場を設けることで、目に見えない信頼のネットワークを形成し、地域づくりの新たな軸とするところが増えればと願う。
三井氏