【ちょっとよろしいですか 162】温泉文化を考えるその2 地域の象徴を湯宿で表現する 山崎まゆみ 


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 先日、青森を旅してきました。浅虫温泉では「椿館」に、奥入瀬渓流では「奥入瀬渓流ホテル」に宿泊しました。どちらも「温泉文化」を考えるには絶好の宿でした。

 私は、「温泉文化」を語る上で、「温泉地だからこそ、文化が生まれてきた」を持論に、旅館やホテルに滞在したクリエイターの姿、宿のオーナーや女将との交流を取材しています。

 その一環で、15年ほど前に浅虫温泉「椿館」を訪ね、当時の18代目・蝦名幸一さんから棟方志功が滞在した時の様子を聞いたのです。

 再訪すると、館内はリニューアルされており、代替わりして19代目の奥さまである女将の蝦名真希さんとお会いできました。

 女将は「志功さんの作品は、広い場所で眺めないと」という信条で、昨年のリニューアルで棟方志功ギャラリーを新設していたのです。

 そのギャラリーは玄関を入った正面にあり、美術館の展示スペースをほうふつとさせる広々とした空間でした。

 そもそも棟方志功の制作活動を支えてきた有力な1人が「椿館」のオーナーといっても過言ではありません。

 昭和初期の浅虫温泉は青森を代表する温泉地で、なかでも「椿館」には県の政財界の要人が来ていました。青森市内の鍛冶屋の息子として生まれ育ち、自身の才能を信じて制作するものの、まだ世に出ていなかった志功は、「椿館」と接点を持つことで、「椿館」のお客と同等のステータスを得られた気持ちになったのではないでしょうか。

 「椿館」は志功のために1部屋を与え、志功は毎年夏には1カ月から2カ月と長逗留(とうりゅう)し、作品制作に没頭したそうです。そのようにして生み出された作品が展示されています。

 青森でもうひとつの逸話を。

 岡本太郎は好んで奥入瀬渓流に来ており、そのたびに「奥入瀬渓流ホテル」に宿泊し、当時の宿のオーナーと親睦を深めたそうです。

 現在、「星野リゾート 奥入瀬渓流ホテル」では西館と東館の両方のロビーに、岡本太郎が制作した暖炉があります。暖炉なのに高さ8・5メートルという存在感に圧倒されます。写真1枚に収まりきれないスケール感―。

 西館ロビーの暖炉は西館の貴賓室に滞在しながら、東館ロビーの暖炉は同じく東館の貴賓室に滞在しながら、岡本太郎は制作したそうです。

 青森では他にも魅力的な多くの体験をしましたが、やっぱり脳裏に焼き付いているのは棟方志功のギャラリーと岡本太郎の暖炉なのです。

 唯一無二、オリジナルの塊というべき作品がそこにあることで、この2軒の宿は圧倒的に引き立っているのです。

 物を生み出す人の隣にそっといて、支える―それが温泉であり、温泉宿の人たちだった時代がありました。だからこそ、温泉地で文化が生まれたのです。そんな文化的な活動を支える温泉地や宿のオーナーは日本にしかいません。

 これこそ「温泉文化」なのです。

 もし、他の温泉地での実例にもご興味があれば拙著『宿帳が語る昭和100年』をご高覧ください。

    (温泉エッセイスト)

 
 
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