
前回の連載で「宿泊料金を上げる際に、お客さんに納得してもらうには料理の工夫が重要」と記しましたが、今回も食によるファン創成について記します。
先日、「極上の会津プロジェクト協議会」(福島県会津若松市)が主催したイベント「会津が奏でる物語」に参加しました。
「極上(上質)の会津」とは、2005年に会津地域17市町村が一体となり、地域の自然、歴史、伝統文化、人の営みを国内外に伝えてきたプロジェクトです。
その「極上の会津」も、今年で発足から20年。その節目で食文化に光を当て、また「ふくしまデスティネーションキャンペーン(DC)」に先立ったプロモーションの一環として「会津が奏でる物語」を実施しました。
イベントには地元の生産者、その食材を使った特別コースを考案し、提供する一流シェフ、そして観光や食を得意とするメディアとクリエイティブの関係者が集結しました。
会場は、猪苗代近くの三春町出身の登山家・田部井淳子さんが所有していた「沼尻高原ロッジ」(現在は会津芦ノ牧温泉の老舗旅館「大川荘」が継承し、19年にリニューアルオープン)。
ロッジには田部井さんの登山靴や「エベレスト日本女子隊登頂日誌」や「エベレスト 南面登頂ルートの図解」などが展示され、田部井さんを誇る気持ちが伝わり、本イベントの開催に適した空間でした。
食事をいただく前に、生産者が食材にかける思いを語ってくださいました。熊本の霜降り馬肉とは異なる、会津の馬肉ならではの赤身のうまみとやわらかさという特徴を。会津の保存食として郷土料理に定着した「ニシンの山椒(さんしょう)漬け」を出す「田季野」の女将からニシン鉢の説明が。「べこの乳」の生産者からは原乳にこだわって作られていること。牛を快適な環境で慈しみながら育てている様子など。
そうした話を聞くと、食材への興味が湧きました。
これらの食材を掛け合わせて、クルーズトレイン「四季島」の初代料理長であり、ホテルメトロポリタンエドモント総料理長の岩崎均さんが「馬肉のタルタル」「アスパラガスとポーチドエッグ」「ガスパチョ」「和牛もも肉のロースト」「コラーゲンスープ茶漬け」「はちみつのムース~べこの乳アイス添え~」「ハーブティー」のコースを考案し、腕を振るいました。
心に残ったのは、「アスパラガスとポーチドエッグ」。新鮮な地元のグリーンアスパラと、やはり地元のゆずみそを合わせた味の妙。この時期、フレンチでは定番のこの料理で塩っ気の中にコクのある甘みが発揮されるという驚き。新鮮な食材というだけなら、他の地域にもあるかもしれませんが、会津産の食材の掛け合わせにより、ここでしか食せないスペシャルな1品に。
「コラーゲンスープ茶漬け」も同様で、「みしまや」の会津地鶏の手羽先によるだしと塩とレモンだけ使用したというスープに、「ニシンの山椒漬け」をあぶり、のせました。そのままの山椒漬けとあぶったものとでは風味が変化し、スープの奥行きを演出。
全て、唯一無二の味―。
そこに料理人と生産者の愛情いっぱいの解説が加わると、「沼尻高原ロッジ」にいながらにして、会津の放牧地帯や山々が見えてきました。
これぞ、20年にわたり積み上げてきた「極上の会津」であり、まさに食における高付加価値です。
何より、試食に参加したメディア関係者の感想を聞く時の生産者のうれしそうな表情が忘れられません。
前回も記した通り、旅で楽しみにしていることの第1位は「おいしい食事」です。
食で価値を提供するなら、こうした生産者とお客さんをつなぐイベントを宿で実施したら、地域のコアなファンが増えそうです。
(温泉エッセイスト)