
「将来はこの宿を継ぐのだろうな」―漠然とそう思っていた中学生の頃から時は流れ、今度は自分が親の立場になった。中学生の息子を見ながら、かつて両親から言われた「将来はこの宿の社長だぞ。しっかり勉強しなさい」という言葉を思い出す。~あるお宿経営者の言葉です。
時代は変わりました。家業を継ぐのが当然という考え方は古くなり、子どもたちには多様な選択肢があります。だからこそ、息子には旅館を継ぐことも「選択肢の一つ」として残してあげたい。その時までおよそ15年。どのような準備をすべきでしょうか。息子が継ぐにしろ、M&Aで売却するにしろ、旅館が「健全な状態」であることが前提です。健全性は単に数字だけでは測れません。財務面、運営面、そして将来性の三つの軸で考える必要があります。
まず基本となるのは財務の健全化です。自己資本比率は30%以上が目安といわれています。また借入依存度を適正水準に保つことも重要です。営業利益、経常利益ともに安定した黒字を維持し、キャッシュフローも健全であることが求められます。
特に重要なのは、借入金がある場合でも、EBITDA(営業利益+減価償却費)で3~5年以内に返済可能な水準にとどめることです。銀行からの信用も大切な指標であり、「必要な時に資金調達ができる関係」を維持しておくべきです。
また、建物や設備の減価償却が進む中で、将来的な大規模修繕や建て替えの資金計画も明確にしておく必要があります。資産に含み損がある状態では、事業承継やM&A時に大きな障害となりかねません。
財務が健全でも、運営が属人的では継承は困難です。業務プロセスの標準化、マニュアル化を進め、誰が引き継いでも回る体制を築くことが不可欠です。
従業員体制の安定も重要な要素です。キーパーソンの高齢化や後継者不在は大きなリスクとなります。家族経営であっても、特定の人に依存しない運営体制を構築しておくべきでしょう。このあたりのことについては、繰り返しこのコラムで発信してきました。
また、数字に表れない価値も重要です。お宿のブランド価値は承継時の大きな資産となります。
また、経営理念や宿のこだわり、ポリシーを言葉にして可視化しておくことで、継承者がその価値を理解し、発展させやすくなります。
息子が継ぐ場合を考えれば、彼が「自分らしい経営」を展開できる余地のある状態が理想です。過度な制約や負債に縛られることなく、創造的な経営ができる基盤を残したいものです。
一方、M&Aを選択する場合には、買い手にとって魅力的な事業である必要があります。安定した収益性に加え、立地の優位性、稼働率の安定性、将来性などが重要な評価ポイントとなります。業務の見える化やマニュアル整備も、スムーズな引き継ぎのために欠かせません。
あれこれと理想論を列挙しましたが、どれも実現は簡単ではありません。だから15年という期間の中で、少しずつ確実に理想へと近づいていくことが必要です。
家業承継は決して強制されるものではありません。しかし、選択肢として魅力的な事業を残すことは、親として息子への贈り物になるはずです。
たとえ息子が別の道を選んだとしても、「いい宿だったな」「親父の仕事、かっこよかったな」と思ってもらえることが、真の意味での承継なのかもしれません。
失敗の法則その63
このお宿を将来どうするかということを考えないまま、漠然と経営をしている。
その結果、世代交代までの準備をしないままその時を迎え、後悔が残る引退となってしまう。
そこで、社長交代時期から逆算して必要な準備を着実に進めていこう。
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