
「温泉文化」のユネスコ登録早期実現へ
「温泉文化」のユネスコ無形文化遺産早期登録へ―。観光・宿泊業界がその実現へ機運醸成の取り組みを進めている。日本からの登録は件数が多いことから隔年とされ、「温泉文化」の登録は最速で2028年。同年の登録を目指す国内の候補は複数あり、今年中にも政府による正式な候補がその中から決定する予定だ。観光・宿泊業界で組織する「『温泉文化』ユネスコ無形文化遺産全国推進協議会」は取り組みの一環で業界関係者や著名人を「温泉文化大使」に任命し、これら一連の活動への協力を求めている。ここでは大使3氏に「温泉文化」の魅力と、そのユネスコ無形文化遺産登録に向けたそれぞれの思いを語ってもらった。
自然環境をいかに守るか
――渡邊さんが思う「温泉文化」とは。
温泉の歴史は非常に古く、古事記や万葉集にも登場するほどだ。かつては西洋医学のように体を治す手段だったが、現在は癒やしや娯楽としての役割が大きい。精神的な部分は薬では治せないものがあり、温泉はそこに大きく貢献している。
温泉文化は今後も100年、200年と残していかなければならない。これは日本人の心そのものだ。単に温泉に入るだけでなく、泊まって、周囲の自然やその土地の文化を楽しむという三つの要素がそろわないと本当の意味の温泉体験とはいえない。各温泉地が持つ独自の文化を大事にしなければならない。
――渡邊さんの地元、塩原温泉の魅力について。
1200年以上前から存在している歴史ある温泉地だ。自然は昔と変わらず豊かに残っており、温泉も湯量が変わらず湧き出ている。
ただ懸念材料として、温泉地を支える旅館がだいぶ減っている。最近の異常気象で紅葉の時期がずれたり、色づきが悪かったりする問題もある。温泉に加えて自然と歴史、文化。これらがしっかりとそろっていることが重要だ。
――温泉文化を次世代に継承する上での課題は。
まず、自然環境を守ること。最近は地熱発電の話もあるが、温泉との共存は難しい面がある。慎重に考えていかねばならない。
源泉の管理をしっかりと行うことが大事だ。温度や湯量を日々測定するなどの取り組みが必要になってくる。
旅館を次世代に残すための、近代的経営手法の取り入れも課題だ。人手不足や後継者不足が深刻で、家族的な小さな施設ほど後継者がいない状況だ。そのため旅館が次々と廃業している。お客さんの志向も多様化し、旅館への宿泊数も頭打ちか減少傾向にある。これらの課題を一つ一つ丁寧に解決していかないと、われわれの未来は決して楽観視できないと感じている。
署名活動の業界内外への周知も
――温泉文化について、海外に向けてどのように発信していくべきか。
人口減少を考えると、日本人のお客さまだけでわれわれの経営を成り立たせることはなかなか難しい。インバウンドの誘致は避けて通れない。
外国にも温泉のファンがいる。皆で裸で入浴する文化は外国にあまりなく、その点は外国人のお客さまに向けて大きなアピール材料になる。
現在、外国人観光客は首都圏や世界遺産など有名観光地を中心に訪れており、各地でオーバーツーリズムが生じている。いかに日本全国、平均的にお客さまに来てもらうかだ。
「ONSEN」という言葉を世界共通語にしようと、今、業界が動いている。そのように訴求をすることでオーバーツーリズムの解消、ひいては地方の活性化にもつながる。
外国人のお客さまに対応することは、旅館のスタッフにとっても新鮮で、新たなやりがいにもつながっている。慣れない外国語でのコミュニケーションや、翻訳アプリを使った対応を余儀なくされるが、人と人、スタッフとお客さまとのコミュニケーションが薄まっている昨今、お客さまとの濃厚なコミュニケーションは、ある意味スタッフを原点に帰った気分にさせてくれる。
――大使として、温泉文化のユネスコ無形文化遺産登録に向けての抱負を。
温泉地に生まれ育った者として、まずは温泉を守ることに全力を尽くしたい。
ユネスコへの登録は業界にとって非常に大きな意味を持つ。和食やフィンランドのサウナも登録されたが、そのネームバリューは大きく高まっている。
まずは日本国内で機運を高めることだ。旅館業界では、全旅連や青年部の活動に参加していない人は、これらの業界の情報を知らない人も多い。大使として、この運動について、業界内での周知に力を入れたい。
もちろん、旅館業界だけでなく、一般の方々にも広く知ってもらい、協力を頂くことだ。
海外に向けては、日本の温泉文化の魅力をでき得る限り発信していきたい。
署名はQRコードで簡単にできる。ただ、単にそれを表示しているだけでは数は伸びない。フロントでお客さまにひと声掛けるなど、積極的な呼び掛けが必要だ。このような地道な活動を続けることで、署名の数が増え、登録への大きな力となるだろう。
【聞き手・森田淳】
渡邊 幾雄氏