
「温泉文化」のユネスコ登録早期実現へ
「温泉文化」のユネスコ無形文化遺産早期登録へ―。観光・宿泊業界がその実現へ機運醸成の取り組みを進めている。日本からの登録は件数が多いことから隔年とされ、「温泉文化」の登録は最速で2028年。同年の登録を目指す国内の候補は複数あり、今年中にも政府による正式な候補がその中から決定する予定だ。観光・宿泊業界で組織する「『温泉文化』ユネスコ無形文化遺産全国推進協議会」は取り組みの一環で業界関係者や著名人を「温泉文化大使」に任命し、これら一連の活動への協力を求めている。ここでは大使3氏に「温泉文化」の魅力と、そのユネスコ無形文化遺産登録に向けたそれぞれの思いを語ってもらった。
入浴マナーも日本の文化
――須賀さんの「温泉文化」についてのお考えは。
「湯を通して自然と人が寄り添う文化」だと思っている。湯の湧く所に傷や病の治癒のための湯治場ができ、人が集まる。湯治場に限らず、現代の温泉地、温泉旅館は、心も体も癒やし、整えてくれる場所になっている。温泉は自然の恵みであり、日本人の自然に感謝する気持ちというのは、暮らしの糧を得る農業や漁業と共に、温泉入浴を通しても育まれてきた。温泉文化のキーワードには、癒やし、自然との共生、そして温泉旅館における和のおもてなしを挙げたい。
――自然の恵みとは。
日本各地に温泉が湧き、さまざまな泉質がある。湯の色も香りも異なる。効能もさまざま。とても多様で豊かな恵みだ。私たちの登別温泉は湯量が豊富なだけでなく、硫黄泉、芒硝泉、鉄泉、食塩泉、酸性泉、明ばん泉、緑ばん泉、重曹泉、ラジウム泉、9種もの泉質がある。当館でも自家源泉を含めて4種の泉質の湯につかることができる。温泉には、治癒や疲労回復、そして最高のリラックス効果がある。本当に素晴らしい自然の恵みではないか。
――温泉自体は海外にもある。日本人固有の文化といえる特徴は。
日本の「温泉文化」には、マナーというものがある。海外の温泉とは利用の仕方が全然違う。日本では基本的に裸で入浴する。身に何もまとっておらず、身分も関係なく、裸のお付き合いができる特別な空間。しかも、そこにはマナーがあって、体を洗ってから湯船に入って湯につかるとか、タオルや髪はお湯につけないとか、いろいろ守るべきことがある。プールとは違い、家族や友だち同士で楽しむのはいいが、みんながリラックスできるよう、静かにお湯につかっていただくというのがマナーだ。今、訪日外国人のお客さまが増えて、温泉入浴のマナーが問題にされるが、日本の温泉文化を知らないだけだ。私も当館のお客さまに説明することがあるが、お伝えすれば、皆さま納得される。文化を知ってもらう努力が必要だ。
タトゥーへの認識改める必要も
――「温泉文化」をどのように知ってもらうか。
来て体験してもらうのが一番だが、そのための情報発信が大事。旅館の女将さんたちと海外に出掛けて、現地の外国人に日本文化を紹介させていただく機会があるが、華道や茶道は体験してもらえても、温泉はそうはいかないので、映像で知っていただくのがいい。VR(仮想現実)も活用できるし、今は何といってもSNSがあるので、積極的に動画を発信するのが効果的ではないか。以前は、大浴場に入りたがらない外国人の方も多かったが、今はそういう方は少ない。温泉への関心が高く、温泉の醍醐味(だいごみ)が分かる方も増えている。温泉旅館としてはうれしい。ただ、悪意の有無にかかわらず、大浴場にスマホを持ち込んで撮影しようとする方がいるのには困っている。
――外国人と温泉に関しては、大浴場でのタトゥー(入れ墨)の問題がある。
タトゥーは、日本では「入れ墨」としての歴史、社会的な背景があるが、多くの外国人にとってはファッション、または、伝統文化や生活習慣に基づくものだ。私たち日本人の認識を改めるべきではないかと思っている。ただ、現状としては、他のお客さまの反応を考えると、旅館として独自の対応はとることは難しい。シールを貼ってもらう、大浴場を時間制にするといっても限界がある。現場では、露天風呂付きの客室をお薦めするなど、柔軟に対応しているが、ユネスコへの登録推進をきっかけとして、行政や業界などを中心に議論し、対応を変えていくべきではないか。
――「温泉文化」の登録実現に向けた抱負を。
地方では少子高齢化、人口減少が進んでいる。次世代に温泉文化を受け継ぐには、日本人はもとより、外国人の方にも温泉の良さを知ってもらい、地域経済を活性化することが欠かせない。そうしないと、バスやタクシー、飲食店や商店も地域からなくなってしまう。地域の伝統文化や芸能も支えられなくなる。また、温泉は、持続可能な地域のエネルギーで、地球環境に優しい。登別温泉の旅館でも、源泉や温泉排水から熱交換器やヒートポンプで熱を取り出し、給湯や融雪に活用している。入浴だけでなく、温泉という自然の恵みをさまざまな形で活用していることも、温泉文化の誇るべき側面だと思う。
【聞き手・向野悟】
須賀 紀子氏