
2025年、戦後80年という大きな節目を迎えた。広島や長崎をはじめとした被爆地や沖縄等における平和観光は、これまで国内外から多くの人々を受け入れ、戦争の悲惨さを伝える役割を果たしてきた。その一方で、観光学の分野では「ダークツーリズム」という言葉が定着し、世界各地の戦争遺跡や災害跡地を訪れる動きが広がっている。アウシュビッツや9・11メモリアルはその代表例であり、訪問者数は年々増加している。人類が過去の悲劇を忘れず、未来にどう生かすかという共通課題が、観光の文脈でも問われている。
広島や長崎では、平和記念資料館や原爆資料館等を中心に、多様なプログラムが提供されている。ガイド付きの「ピースツアー」は元祖的な存在のsokoiko!をはじめ催行元も増加している。参加者のクチコミ満足度も極めて高く、実際に被爆体験を語り継ぐ方々の証言や、次世代ガイドによる解説は、訪問者に強い印象を残している。トリップアドバイザー等の国際的なクチコミサイトでも「知識だけでなく心を揺さぶられた」「世界中の人が訪れるべき場所」といった声が多く寄せられており、観光資源としての価値が高く評価されていることが分かる。
ただし課題もある。ダークツーリズムという概念が「負の遺産を観光資源として消費すること」への違和感を伴う場合があるからだ。戦争や悲劇の記憶は決して娯楽ではない。それゆえ、広島や長崎のピースツアーは単なる「惨状を伝える展示」ではなく、未来に向けた平和メッセージを発信するプログラムとして設計されているものは、より参加者に考えるきっかけを提供できる機会につながっている。たとえば、被爆の実態を学んだ後に「平和を実現するために自分ができること」を考える対話を組み込むことや、復興のストーリーから人類の叡智(えいち)を伝える等、参加者自身の行動変容につながる仕掛けは評価が高いものとなっている。
戦後80年という節目は、平和観光の在り方を再定義する好機だ。国際情勢が不安定さを増す中で、世界から広島や長崎を訪れる人々は、単なる歴史学習以上の価値を求めている。つまり「未来志向のメッセージ」である。核廃絶や平和共生といった人類共通の課題を、地域がどう発信し、どう参加型で伝えていくのか。その姿勢こそが評価され、参加する目的として進化していくだろう。
観光とは本来、人々の交流を通じて相互理解を深める営みである。広島や長崎、沖縄等のピースツアーは、戦争の悲劇を伝えるだけでなく、「次の世代が共に平和を創る場」として発展させていく必要がある。資料館等はその前提知識を得る場として機能している中で、対話型のガイドプログラムがその位置づけとしてより期待されると考えている。
戦後80年を迎える日本から、世界に向けて「負の遺産を未来の希望に変える」観光の在り方を示すことは、地域にとっても、そして世界にとっても大きな意義を持つはずだ。今年その流れがより進化することを願いたい。
(地域ブランディング研究所代表取締役)