
温泉とおいしいごはんをテーマにエッセイ集を河出文庫から3冊出しています。読者からはガイド本のように利用していただき、私が体験したルートをたどり、紹介した宿に泊まる方が続出しています。
そんな読者から「宿泊料金が高い」と、時おり、クレームめいた声が届きます。
私自身は温泉旅館・ホテルにおける賃金アップや事業承継のためにも、宿泊料金を上げることは賛同しています。国も宿の高付加価値化に向けて施設改修の支援をしているのですから、その流れは必然です。
ただお客さんに、物価高を理由に理解してほしいと言っても分かってもらえません。どうしたらいいでしょう―。
私からのヒントとして、最近、○○尽くしのお料理をいただく機会が多く、それらが色濃く記憶に残っています。
例えば、山形県湯の沢温泉の「ふたりの宿 すみれ」。2人客専用の宿のスタイルに加え、お客さんは名物料理の米沢牛を楽しみにしています。
女将・黄木綾子さんの実家が創業100年の米沢牛専門店「黄木」のため、さまざまな部位を仕入れることができ、米沢牛尽くしのフルコースを提供しているのです。
夕食の席で「すみれの米沢牛創作懐石2025春」と記されたメニューを見ただけで期待が高まる!
「霜降り肉のタルタル バーニャカウダふき味噌(みそ)仕立て」「いちぼのタリアータ 春のカルパッチョ」「もも肉のコンビーフと米沢産遠山かぶのズッパ」「ランプのサルティンボッカ 新玉ねぎのロースト」と、文字を眺めるだけで至福。
「お口なおしのグラニテ カンパリとピーチツリー」で、さっぱりとした後に、「大とろポワレと肉ももコンブ〆にぎり」を口にほおりこむと、とろ~と、溶けていく…。目をつむり、肉の香りに感じ入ると、昇天してしまいそう。
「黄木」名物の「とも三角すみれ漬焼き」。一口かむと、秘伝のタレの風味が広がる。メイン「サーロインのステーキ すみれの冷や汁」は申し分のない焼き加減。あぁ、涙が出るほどおいしい…。
新潟県湯田上温泉「ホテル小柳」では、タケノコが旬の5月に宿泊し、タケノコ尽くしを満喫しました。田上町はタケノコの里として知られています。
タケノコのお刺し身をかみ締めると、水分が弾けるみずみずしさに加え、歯応えが軽やかだったこと。新鮮なタケノコとはこういう味なのかと、発見の連続で、その体験が忘れられません。ウニの衣揚げは意欲作。淡白になりがちなタケノコにウニの風味がする衣によってコクが出ました。タケノコの炊き込みごはんの、釜を開けた時の芳醇な香り。朝食のブッフェにあったタケノコカレーも珍しい。再訪したくなりました。
和歌山県南紀勝浦温泉「ホテル浦島」と、同グループの「万清楼」が提供する生マグロ攻めもすごかった。宿の目の前の勝浦港で、はえ縄漁で取れた生マグロ。日本の9割が冷凍マグロに対して、南紀勝浦だからいただける取れたての生マグロのもちもち感たるや、天晴れ。マグロの半生のカツも面白かったです。
ご当地食材による○○尽くしをご紹介したのには理由があります。『旅行年鑑2023』(公益財団法人日本交通公社刊)によると、旅で最も楽しみにしている1位は「おいしいものを食べること」、2位は「温泉に入ること」とのこと。データからも、ごはんに対する期待は言わずもがなでしょう。
冒頭に示した、お客さんの宿泊料金に対する感じ方ですが、高いと感じさせないためにはやはり料理の工夫が重要。ポイントは、訪問しなければ食べられないご当地のもの、インパクトを与える1点に絞った食材尽くしではないかと、旅人代表として私は考えます。(温泉エッセイスト)