【私の視点 観光羅針盤 486】戦後80年と日中関係 石森秀三


 今年は「戦後80年」の節目の年である。1945年8月6日と9日に広島と長崎に原子爆弾が投下されて数多くの尊い市民の生命が奪われ、ようやく8月15日に終戦を迎えた。唯一の被爆国として、多くの日本人は二度と傷ましい戦争を繰り返してはならないと強く願っている。ところが戦後80年の節目の年に実施された参議院選挙にもかかわらず、各党は安全保障や戦争問題を重要な争点として十分に論議しなかった。
 
 日本政府は戦後50年から10年ごとに閣議決定を経て「戦後談話」を公表してきた。1995年に村山富市首相は「戦後50年談話」の中で植民地支配と侵略に言及し、痛切な反省と心からのお詫びを表明した。ところが2015年に安倍晋三首相は「戦後70年談話」で将来世代に謝罪を続ける宿命を背負わせてはならないと述べ、謝罪外交に終止符を打った。現在の石破茂首相は安全保障をライフワークにしてきたので、「戦後80年談話」の公表を行うべきだが、自民党内の保守派への配慮から談話を断念するようである。

 一方で中国は例年7月7日(37年の日中戦争開戦日)から9月18日(31年の満州事変勃発の日)まで歴史問題でキャンペーンを張ってきた。今年は「抗日戦争勝利80周年」であるため、例年にも増して大々的に「抗日」の各種キャンペーンを実施している。

 8月31日と9月1日には天津で「上海協力機構サミット」を開催し、中国、ロシア、中央アジア各国、インド、パキスタン、イラン、ベラルーシの首脳が結集する予定だ。プーチン大統領の参加が決定しており、トランプ大統領や韓国大統領、東南アジア諸国の首脳などの招待も進められている。

 そして9月3日には「抗日戦争勝利80周年」のクライマックスとして大規模な軍事パレードを天安門広場で行う予定で、各国首脳を来賓として招待する計画が進められている。

 いわば世界の首脳の眼前で反日キャンペーンが大々的に行われるかたちになりそうである。駐中国大使を務め、日本の外交官として長らく中国政府とまともに闘い続けた経験のある垂秀夫氏は現在の日中関係の不全さに対して、「日本にとっては、戦後80年で再び『敗戦』を迎えることになる。軍事的ではなく、外交的な敗北になりかねない」という危惧を表明している。

 第2次トランプ政権発足に伴って米国は戦後80年のうちに米国主導で構築した世界秩序を自ら崩壊させ、世界は混沌(こんとん)とした状況に陥っている。米国と中国とロシアが超大国として「自国第一主義」を競い合う中で、日本政府は「インバウンド観光立国」政策で30年に6千万人の外国人観光客受け入れを目指している。

 観光は「富の源泉」として重要な役割を果たし得る営みであるが、一方で観光産業は動乱や紛争や天災や不況や疫病などに弱い「フラジャイル(もろい、虚弱な)性質・体質」を有している。今後は世界秩序の混迷化が継続するとともに、日本の統治機構の不安定化も継続するので、観光産業の正常な発展が阻害される危険性が大である。日本の観光産業のリーダーは世界の混迷化や日本の不安定化を前提にして、業界の叡智(えいち)を結集して、日本観光のより望ましい発展の在り方を周到に思案し、適切に対応することが求められている。

 (北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)

 
 
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