
本年度も跡見学園女子大学「観光温泉学(温泉と保養)」の授業を175人の学生に向けて実施しています。
2017年から本授業を受け持つ私に大きな変化があったのはコロナがまん延していた期間でした。
20、21年はオールオンライン授業でした。私自身は変わらず旅をしていましたので、家に閉じこもる生活を余儀なくされた学生たちがふびんでならず、温泉地や旅館からの配信で旅先の空気を届けようと考えたのです。
学生は非常に喜んでくれましたので、その後も年に2~3回は温泉地や旅館から配信授業を行いました。
23年は別府温泉の「野上本館」と「竹瓦温泉」から、24年は草津温泉の湯畑周辺を歩き、観光温泉学という視点から温泉街の成り立ちや確認すべきポイントを解説しました。
本年度は神奈川県箱根強羅温泉「円かの杜」からの配信授業でした。
まず、温泉旅館で実施する意図は以下の2点です。
温泉を保持管理するのは宿の人である場合が多く、温泉を管理する人という立場でリアルな話をしてもらうこと。
そして温泉旅館で宿泊する経験が少ない学生にも、その魅力と、そこで働く意義を感じてほしい、です。
旅館として「円かの杜」を選んだ理由は「日本人らしさを表現する宿」というポリシーに共鳴しているから。何より、女将の松坂美智子さんの着物姿による美しい立ち振る舞いや所作から「日本らしさ」を感じ取ってほしい。
最も学んでほしかったのは、19年に豪雨災害にあった経験から「環境に優しい旅館」を目指し、旅館がSDGsに取り組んでいることです。
授業スタートは玄関やロビーで使われている銘木を映してから、食事処に移動。水素調理機で料理をし、CO2の排出を軽減させていることを女将から話していただきました。
それから客室に移動し、女将が考える「温泉文化」「宿文化」「外国人観光客を受け入れる体制とコツ」「スタッフを束ねる喜びと苦労」などをお伺いし、学生からの質疑応答で終了となりました。
学生からの授業感想は、「美智子女将が本当に素敵だった」「テレビやYouTubeを見ているようで臨場感があったが、観光温泉学としての先生の解説は他の映像とは異なり、学べた」と、今回も満足度は高かったです。
私自身は、美智子女将のお力を借りて、日本人が作り出した独自の「宿文化」の意義を学生に伝えられ、宿や温泉を守る人でないと語ることができない授業となったことが非常にうれしかったです。何よりライブでビジュアルを映したことで、学生の理解は深まっただろうと自負しています。
もちろん反省点もあります。ライブ配信にも関わらず、スタッフはおらず、私ひとりで映像を見せ、音も拾わなければなりません。どうしても館内を歩く際に映像がブレてしまいます。ただ細かいトラブルは気にせずに、今後も現場のリアルを伝えたいです。
この日、「円かの杜」のご主人である松坂雄一さんが親しくしておられる音楽プロデューサーの立川直樹さんともお目にかかることができました。
立川さんは「宿に滞在するとは、映画鑑賞と同じ。サントラが必要だよ」とおっしゃって、夕食後、「円かの杜」内のバーで、立川さんが「宿で過ごした1日の最後にこの曲を聞いて」と、私のためにレコードをかけてくださったのです。私は宿と音楽という視点に目覚めました。
「円かの杜」の姉妹宿である「花扇」の客室では立川さんがセレクトの音楽が聞けます。
「円かの杜」や「花扇」は、宿として掲げるテーマが明確で、どんなお客さんに来てほしいか、そして何をしてほしいかをしっかりと打ち出している唯一無二の宿。そこがとても魅力的です。
(温泉エッセイスト)