
旅館には過大設備、施設老朽化、稼働変動の三つの課題があり、過大設備の一つは大きすぎる浴槽である。1975年に旅館の設計を始めた頃は高度成長期で、7.5帖にツインベッドなど収容効率の良い和洋室、大広間に厨房を隣接して合理的に料理を提供し、団体客が短時間に入浴できる大浴場の3点セットの建築計画に力を注いでいたのを思い出す。
一度に大勢のお客さまが入浴するには湯縁を長くし、シャワーカランを多くすることが合理的で、今でも見かけるプールのような浴槽はそのなごりである。シャワーの同時使用を考えボイラー容量も大きくしていた。バブル崩壊を境に団体から個人に客層が変化する中で、集客装置として露天風呂の整備が進み、私も回遊式露天風呂と称していくつか露天風呂を設計した。その後も個人化が進むにつれ家族風呂や露天風呂付き客室が新しい商品として注目を浴び、今につながっている。
このように旅館では温泉施設が次から次につくられたが、入込人員は団体から個人へ変わることで半減し、入浴の集中も無くなった。表のようにチェックイン時間は団体が夕方に集中するが個人客は昼過ぎから分散し、20室100名収容の旅館を考えると、団体客では2時間の間に100名が入浴するので利用人員は1時間当たり50名で、個人客になると60名が4時間に分散し15名となり負荷は3分の1になる。
大浴場利用のピークは朝と夕方だが、100室の旅館でも同時最大入浴数が20名程度のデータもある。大きすぎる浴槽には三つの問題がある。温泉量に見合わない大きな浴槽は温泉の質が低下し、湯張に真湯を使いエネルギーが余分に掛かり、清掃などの維持管理に人手が掛かる。食が食材費、人件費等を算出するのと同じに大浴場運用のエネルギー費、消耗品費、メンテナンスの人件費も算出して原価が適正か検討する必要がある。深夜など入浴客がいない時間にも循環ポンプがフル回転し、温泉が流れている。浴室設備はエネルギー使用量が多く、メンテナンスなどに手間が掛かるが、設備が複雑で適正規模にダウンサイズするのは簡単でないが、有限の資源である温泉は貯留するなどして有効に利用したい。
食には調理長という専門職がいるが、湯守のいる旅館は少なくなっている。おいしい料理を提供するのと同じで良質の温泉を提供すればお客さまから評価される。言うまでもなく温泉設備は旅館の生命線であり、知恵を出して無駄に大きい浴槽を見直して付加価値が高く、エネルギー効率の良い施設に変換したい。
(国際観光施設協会理事 エコ・小委員会委員長、日本建築家協会 登録建築家、佐々山建築設計会長 佐々山茂)