
浴場清掃の共同作業を通じて生まれる子供たちの友情
抜けるような青空が広がった7月22日、湯けむりの街・別府市にある共同温泉「松原温泉」が、子どもたちの元気な声と笑顔に包まれた。昨年1月の能登半島地震をきっかけに生まれた石川県能登町と大分県別府市の絆。その縁で実現した交流イベント「能登っ子 別府っ子 別府温泉清掃・入浴体験」が開催され、能登町の小学生13人と、地元の別府市立南小学校の児童7人が、汗と温泉を通じて友情を育んだ。
別府市の共同温泉、松原温泉
支援がつないだ縁、子どもたちの交流へ
この交流のきっかけは、約1年半前に遡る。令和6年能登半島地震の発生直後、別府市は被災地に職員を派遣し、移動式のテント型入浴施設「幻想の湯」を設置。能登町と珠洲市で計26日間、延べ3,844人に温かい湯を提供した。当時、入浴支援チームの一員として現地で1ヶ月間活動した別府市市長公室自治連携課の後藤寛和さんは、こう振り返る。
令和6年2月実施した被災地での入浴支援時の写真(写真:別府市提供)
「大地震の直後で、当初は被災者の方々にどう接すればいいか、はれ物に触るような慎重な対応だった。しかし、私たちが持っていったお風呂に入った方々から『本当にありがとう』『生き返るようだ』と直接声をかけていただき、その言葉が何よりの励みになった」
活動を通じて後藤さんが現地で感じたのは、「能登の状況をもっと知ってほしい。忘れられることが一番つらい」という切実な思いだった。「復興には時間がかかるかもしれないが、様々な形での支援に感謝しながら、この繋がりを交流に発展させていきたい」。その思いは、能登の人々にも確かに届いていた。
今回、NPO法人リエラが主催する「能登っ子 おおいた交流ツアー」の一環で、能登町の小学生が大分県を訪問。保護者たちから「入浴支援でお世話になった別府市で、観光だけでなく、子どもたちに何か意義のある体験をさせたい」との声が上がった。その受け皿となったのが、地域コミュニティ「南部ひとまもり・まちまもり協議会」だ。同協議会は、入浴料収入の減少や清掃従事者の確保といった課題を抱える共同温泉の存続を目指し「温泉部会」を立ち上げるなど、地域の宝である温泉を守る活動に一体で取り組んでいる。かくして、支援から生まれた絆は、未来を担う子どもたちの交流へと発展した。
能登町について紹介をする能登町の小学生
共同作業で打ち解け、一番風呂で深めた「裸の付き合い」
イベント当日。能登の子どもたちを乗せたバスが松原温泉に到着すると、別府の子どもたちが「能登っこ!別府温泉へようこそ!」と書かれた手作りのウェルカムボードを掲げて出迎えた。少し緊張した面持ちでバスを降りた能登の子どもたちだったが、まずは自分たちの故郷・能登町について紹介を兼ねた自己紹介を行うと、少しずつ和やかな雰囲気に。
手作りのウエルカムボードで出迎える別府市の小学生
続いて、松原温泉の責任者から清掃用具の使い方についてレクチャーを受け、能登と別府の混合チームに分かれて浴場の清掃がスタート。最初は遠慮がちだった子どもたちも、タイルを磨き、棚や鏡を拭き上げる共同作業を通じて自然と会話が生まれ、徐々に距離を縮めていった。
浴場清掃の共同作業を通じて生まれる子供たちの友情
汗を流した後は、お待ちかねの一番風呂体験だ。浴槽には、地域の皆さんが心を込めて張ったばかりの新鮮な温泉がなみなみと注がれている。別府ならではの少し熱めの湯に「うわ、熱い!」「でも気持ちいい!」と歓声を上げながら、子どもたちは肩まで浸かり、まさに「裸の付き合い」を楽しんだ。清掃を終えた後の温泉の心地よさも相まって、湯船の中ははじけるような笑顔で満たされた。
別府名物の少し熱めの一番風呂を楽しむ子供たち
ハイタッチに込めた再会の約束
心も体も温まった入浴後には、終わりの会が開かれた。別府の子どもたちから手作りの記念品が贈られ、能登の子どもたちは少し照れくさそうに、しかし満面の笑みで受け取った。代表の児童は「別府で貴重な体験ができて嬉しかった。温泉は熱かったけど、とてもいいお湯だった。ありがとうございました」と元気よくお礼の言葉を述べた。
最初は恥ずかしがってなかなか話しかけられなかった子どもたちが、別れの時には互いにハイタッチを交わし、「バイバイ!」「また会おうね!」と手を振り合う。わずか数時間の交流だったが、子どもたちの心には、温泉の温かさとともに、新しい友人との確かな絆が刻まれたようだった。
後藤さんは、子どもたちの交流する姿に目を細めながら語る。
「昨年の被災地での支援がきっかけとなり、こうして子どもたちの笑顔の交流が実現したことは、言葉にならないくらい嬉しい。能登に関心を持ち続けてもらうことが、何よりの支援になります。この交流が、その第一歩になれば」
この日、子どもたちは別府市内に宿泊し、夕食には名物の「地獄蒸し」を体験した。湯けむりの街・別府で生まれた新たな友情が、遠く離れた能登と別府を未来に向けて固く結びつけていく。今回の心温まる交流は、災害支援が人と人、地域と地域をつなぎ、新たな価値を生み出す可能性を改めて示してくれた。
【九州支局長 後田大輔】