
宿泊予約サイトAgoda(アゴダ)に関連したトラブルが、業界内外で再び大きな話題となり、まだまだ収拾のつかない状況です。これまでも利用者からはSNSを中心に「予約が宿泊施設に伝わっていなかった」「予約内容や請求内容が違う」「返金されない」「カスタマーサポートに連絡が取れない」など、深刻な声が相次いでいましたが、ルートインや東横インなどのチェーンホテル、星野リゾートの星野代表などが名指しで注意喚起をしたことで、一気に問題視されるようになりました。
この問題は個々の宿泊施設や一部の消費者だけの問題にとどまらず、今や日本の観光業全体に影響を与えるレベルにまで達しつつあります。こうした状況を受け、観光庁も事態を重く見て、改善要請を行い、モニタリングを続けています。しかし、この混乱は本当に今に始まった話なのでしょうか。
問題の構造は昔から変わっていない。
実は、私は2018年の段階で、シートリップ(現トリップドットコム)などOTA(オンライン・トラベル・エージェンシー)によって発生したいわゆる「空売り疑惑」について具体的な指摘を行い、記事として公表しています。さらに2022年には、OTA各社による「最安値保証」が問題になり、その折にも宿泊予約サイト全般における転売や仕入れにより価格や予約管理が混乱していることを説明し、業界内外に向けて宿泊予約に対する責任の所在が曖昧であることに対して警鐘を鳴らしてきました。
つまり、数年前から、今回のAgoda問題と同様のトラブルは少なからず発生していました。そして、こうした事態がいずれ拡大すると予見できたにも関わらず、宿泊業界は「OTA頼み」「予約サイト任せ」という姿勢を改めませんでした。また、OTA側もリスクがあることを承知で、販売機会の拡大のために他のOTAからの仕入や転売を続けてきました。そして、行政もこれまで数度問題が発生したにもかかわらず、事態を深刻に受け止めてきたとは言い難い状況が続いていました。その結果が、現在の混乱へとつながっているのです。
問題の根幹はガラパゴス化した日本の宿泊予約システム
日本の宿泊予約システムは世界では特殊な部類に入ります。簡単に言えば、宿泊施設がそれぞれの旅行会社に客室在庫を提供し、旅行会社はその範囲内で客室を販売するという「客室在庫提供システム」が中心にあるということです。このシステムのメリットは、旅行会社が宿泊施設に問い合わせすることなく即決で販売できる点や、まだ確定していない営業中の案件でも客室が足りなくなるリスクを防げることなどです。一方で世界の趨勢はそれぞれの宿泊施設がその時点の在庫を公開し、旅行会社に注文が入った時点で先着順に販売する「リクエスト販売」です。しかし、日本では外資系のチェーンホテルなど以外ではその販売方法は一般化していません。
その理由は、JTBをはじめとする旅行会社が在庫販売を基本としており、後発の楽天トラベルやじゃらんなどのOTAもそれを踏襲していることにあります。しかし、在庫提供システムでは宿泊施設は多くの旅行会社とお付き合いすることはできません。もちろん、疑似的に多くの旅行会社に対して提供する客室数を増減させる(1つの部屋を複数の旅行会社に提供し、売れた時点で引き上げる)サイトコントローラーもありますが、それでも多くの旅行会社を登録するには手間がかかるので、担当者の労力もどうしても売れ筋の数社に集中します。
つまり、日本では新興の旅行会社、OTAが新規参入を試みても、参入障壁がとても高いのです。そこで、新規参入するには宿泊施設に直接営業するよりも、既に在庫提供システムに入り込んでいる既存旅行会社と提携するか、在庫提供されている客室を旅行会社から仕入れて販売することになります。現にAgodaもJTBと提携を結んでいますし、楽天トラベルなどOTAは海外の多くの旅行会社に対して販売をしています。つまり転売の発信源は日本の旅行会社だったりするのです。
世界のどこかのOTAに対して顧客が日本の宿泊施設を「リクエスト」した時、OTAは日本の宿泊施設の予約を確保するために「提供在庫」をどこかから見つけてこなければなりません。そのため、あらゆるチャンネルで在庫を探し回ることになります。その過程で行われる仕入と販売、いわゆる「転売」は1回だけではありません。10回以上の転売が行われるケースも当たり前のようにあるようです。
その過程で、情報の劣化も発生します。ホテルの情報や客室、プランの内容がうまく伝わらなかったり、中には金銭の流れが滞ってしまったりするケースも一定確率で発生します。顧客の「リクエスト」が「在庫」と繋がらず、宿泊日まで予約が確定しないままになってしまう事態もここが原因です。予約トラブルの発生する原因はほぼここにあると言っても良いでしょう。
問われる観光庁と日本の旅行業界の責任
今回のAgodaの問題に対して、私はAgodaのシステムそのものに問題があるとは考えていません。ただし、中間で「転売」をしていた旅行会社にタチの悪い会社が多かったことは否めず、そこに関してAgodaは猛省するべきでしょう。
しかし、これらのトラブルが数年ごとに発生してもなぜ今も解決されないのか。今回もAgoda1社の問題に矮小化してしまっているのか。私は、その根底には観光庁の対応の遅れと、日本旅行業界の責任意識の希薄さがあると考えています。
観光庁は、特に海外OTAに対しては強く指導をしてきませんでした。もちろん、その根拠となる旅行業の許可を取っていない業者に対しては指導する権限事態を持ちませんし、海外OTAの客層のメインは海外客であるので、消費者保護の観点からもその優先順位はどうしても下がってしまいます。しかし、今ではメタサーチ(価格比較サイト)により、多くの日本人がAgodaなど外資系のOTAを利用しています。少なくとも観光庁はOTAに対し、仕入先や転売先の情報をしっかり把握しておくことと、顧客トラブルがあった場合の責任の明確化を義務付ける必要があります。最初誰から買ったか、最後誰に売ったか分からない状態では責任の取りようがありません。
また、在庫庫提供元である旅行会社からは、今回のトラブルについて公式な説明が一切出されていません。本来、自らが提供した在庫がどのように販売され、どのような結果を招いているかを把握し、必要に応じて是正する責任があるはずです。しかし、多くはその責任を明確にせず、沈黙を貫いています。販売した先が他の旅行会社であるのなら、最終的な販売先を把握し、トラブルの責任を持つ体制があるのが自然です。建設工事における元請けという立場なのですから。このままでは宿泊施設は契約したことも無ければ、名前も知らない旅行会社に対して、トラブル対処を行うことになってしまいます。
信用を取り戻すには何が必要か
今後、私たち観光・旅行業界がなすべきは、まず販売責任の所在を明確にすることです。誰が在庫を出し、誰が販売を担い、どこに責任があるのか。この構造を消費者にもわかりやすく示すべきです。
次に、宿泊施設は自衛のためにも、自社サイト予約比率を高める努力が求められます。どこから予約が入ってくるのか把握できず、結果としてトラブル対応に追われるような状態を、これ以上続けるべきではありません。OTAに依存するビジネスモデルは、短期的な利益にはつながっても、長期的には施設と顧客の信頼を損ねるリスクを伴っています。
また、旅行者に対しては、「どこで予約すれば安心なのか」「正規販売ルートはどこか」を、業界全体で積極的に啓蒙していく必要があります。消費者が「価格の安さ」にばかり目を奪われるのではなく、「信頼」「安心」で選ぶ時代を作ることが重要です。
観光立国を目指すなら、「信頼」の再構築を
日本は観光立国を標榜し、世界から多くの旅行者を呼び込もうとしています。しかし、その前提となるべきは、「日本の宿泊予約は安全で安心だ」という信頼感です。今回のAgoda問題は、その信頼を大きく揺るがしかねない深刻な事態だと考えます。そして、その障害のひとつは日本の宿泊予約の特殊性にあるのです。再び同じ過ちを繰り返さないためには、今こそ観光業界・旅行業界が一丸となって、「何を改善し、誰が責任を持つのか」を明確に示すことが必要です。その過程で古い日本独自の予約システムをグローバル化する必要もあるでしょう。その覚悟がなければ、旅行者からの信頼は二度と戻らないでしょう。