
GSTCの貝和氏
アスコットは17日、GSTC(グローバル・サステナブル・ツーリズム協議会)と共同で、サステナブルツーリズムの未来を考えるイベント「Shaping Sustainable Tourism, Together」をlyf銀座東京で開いた。イベントでは、GSTCのファイナンスディレクターである貝和慧美氏とlyf銀座東京のレジデンスマネージャーである岩間時馬氏による講演、lyf銀座東京における実際の取り組みの見学会などが行われた。持続可能な観光の基準策定から実践まで、理論と実務の両面から参加者に理解を深める機会を提供した。
GSTCの貝和氏
GSTCは基準作りのリーダー、日本の認知度も向上
貝和氏はまず、サステナビリティとサステナブルツーリズムの概念について解説。サステナビリティは環境、経済、社会の3つの側面がバランスよく保たれている状態だと説明した。これに対しサステナブルツーリズムは、「訪問客、業界、環境および訪問客を受け入れるコミュニティのニーズに対応しつつ、現在および将来の経済、社会、環境への影響を十分に考慮する観光」と定義されている。
GSTCは2007年に設立された非営利団体で、持続可能な旅行観光のスタンダードを制定・管理している。設立の背景には、当時特に欧州を中心にエコラベルが乱立していたことがある。何が正しいのか判断できない状況を改善するため、国連財団や国連世界観光機関(現UN Tourism)、国連環境計画などが中心となり、スタンダードの軸となるものを作る目的で設立された。
「GSTCは認証団体ではなく、認証団体が判断する際の基準となるスタンダードを作る団体です」と貝和氏は強調する。
4つの柱でスタンダードを構築
GSTCのスタンダードは、(A)持続可能なマネジメント、(B)社会経済のサステナビリティ、(C)文化的サステナビリティ、(D)環境のサステナビリティの4つの柱で構成されている。現在、観光産業向け、観光地向け、MICE向け、アトラクション向けの4種類のスタンダードがあり、さらに飲食業界向けのスタンダードも開発中だ。
スタンダードは数年ごとに改定され、世界情勢の変化に対応している。これらのスタンダードは、認証の基礎、トレーニング・教育、法令などのガイドライン作成、測定・評価、市場での棲み分け判断軸として活用される。
日本でのGSTC研修が急増
GSTCは世界中でトレーニングプログラムを提供しており、2024年までに累計2000人以上が受講している。特に注目すべきは、アジア地域が全体の60%を占め、国別では日本が最多となっている点だ。
「日本での研修回数は一つの国で考えると一番多く、延べ1000人以上が受講しています。国の持続可能な観光地域づくりの施策の一つとして研修が含まれていることもありますが、日本国内の方々の関心度が非常に高いです」と貝和氏は説明した。
研修需要の高まりを受け、GSTCは日本語でのオンライン講座も開発。従来の3日間の対面研修に加え、自分のペースで学習できるプレ研修コースも提供している。
日本企業のGSTC認証取得が加速
日本国内のGSTCメンバーは現在約20社あり、観光庁をはじめ自治体や企業など多様な組織が参加している。特筆すべきは、2020年に観光庁がGSTCの国際標準に準拠した「日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)」を策定したことだ。これにより、国内での持続可能な観光の取り組みが加速している。
認証取得の事例としては、ツアーオペレーターのTricolage社が2022年に日本初のGSTC認証を取得。その後、JTBが2024年に国内ツアーについて認証を取得した。さらにJTBグループのTour East SingaporeとJTBグローバルマーケティング&トラベルも認証を取得している。
ホテル部門では、アスコットが昨年、国内5施設でGSTC認証を取得。アスコットは2028年までに全管理施設の100%でGSTC認証取得を目指している。
アスコットの取り組み、個人の意識改革が鍵
イベントの後半では、lyf銀座東京のレジデンスマネージャー岩間氏が登壇し、アスコットの概要とlyf銀座東京の取り組みについて紹介した。
アスコットはシンガポール資本のグローバルホスピタリティオペレーターで、現在48カ国230都市、1000施設以上を展開。日本には22の施設があり、lyfはそのブランドの一つだ。lyf銀座東京は140室の比較的コンパクトなホテルで、最大の特徴は参加者らが集まっているソーシャルシェアスペース「コネクト」だという。
lyf銀座東京の岩間氏
認証取得の苦労、スタッフの意識改革
岩間氏は、GSTC認証取得における最大の課題は、設備やシステムの導入よりも「スタッフの意識改革」だったと語る。
「何が一番大変かというと、私たちのスタッフも含め、個々人の気持ちをどういうふうに変えるかということが一番大変でした。例えば誰もいないオフィスにエアコンがついています、電気がついています。それって必要ですか?シュレッダー使いました、電気つきっぱなしです、それって必要ですか?というのをスタッフが認識して、いないから電気消そう、エアコン消そう、というワンアクションをするまでに正直結構時間がかかりました」
岩間氏自身も、この取り組みを通じて日常生活での意識が変わったと振り返る。「エコバッグって嫌いだったんです。めんどくさいから持ってくるの。でも今はスーパーの袋を使い回しています。すごく視野が広がった」
具体的な取り組みと顧客の反応
lyf銀座東京での具体的な取り組みとして、岩間氏は次のような例を挙げた:
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客室にペットボトルのお水を置かない(代わりにウォーターサーバーとタンブラーを提供)
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アメニティは部屋に常設せず、必要なものだけを選んで取ってもらう
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客室から出ると、一定時間後に電源が自動的に切れるシステム
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お客様が持ってきたショッピングバッグをリサイクル用に回収
こうした取り組みは当初、「なぜホテルなのに水がないの?」といった顧客からの疑問もあったが、「お客様が水を2本我慢してくれたことでゴミが2つ減ったんですよ。それって素晴らしいことじゃないですか」と説明できるスタッフの意識が重要だと岩間氏は指摘する。
最近では「サステナビリティの取り組みすごく良かった」「必要なものだけ取っていくアメニティってすごく良かった」といったポジティブなフィードバックも増えてきているという。
コミュニティ交流の場を提供
lyf銀座東京のもう一つの特徴は、地域や旅行者のコミュニティ交流の場を提供していることだ。日本文化体験イベントやピラティスなどのウェルネスイベント、アートの展示など、さまざまな活動を行っている。
「私たちの喜びであるDNAが、皆様をつなぎつける、つながるいいユニークなポイントになればいいなと思っています」と岩間氏は述べた。
さらに、プロではないがスキルを持った人たちに発表の場を提供する取り組みも紹介。「世に出る前にぜひここでトライしましょう」という考えのもと、ネイルアートなどのイベントも計画中だという。
持続可能な観光産業へ、新たな方向性
イベントを通じ、持続可能な観光が単なるトレンドではなく、産業の将来を左右する重要な要素であることが強調された。GSTCのスタンダードが国際的な基準として機能し、アスコットのような企業がそれを実践することで、持続可能性と経済性の両立が可能になる。
特に、コロナ禍を経て世界中の人々がサステナビリティの重要性を実感し、GSTCの研修受講者数も大幅に増加している。こうした潮流は、今後の観光産業の方向性を示唆している。
アスコットの具体的な実践例は、持続可能な観光の実現に向けた重要なモデルケースとなりそうだ。スタッフから顧客へ、そして社会へと波及する意識改革の重要性を示している。
lyf銀座東京における実際の取り組みを見学
【kankokeizai.com編集長 江口英一】