
伊達社長
森トラストグループは15日、「訪日動向に関するメディアミーティング」を開き、伊達美和子社長(「森トラストホールディングス」「森トラスト」「森トラスト・ホテルズ&リゾーツ」「万平ホテル」代表取締役社長)が「真の観光立国に向けて」と題して講演した。「”失われた30年”で滞った投資を促進し、昭和モデルからの脱却、自立した観光地域の創出サイクルを確立する必要がある」と強調。その上で「インバウンド消費額15兆円へのロードマップ」を示した。
新たな観光立国政策立案に向けて
「2025年1月から5月までのインバウンドは大変飛躍的な伸びを示している。昨年比23.9%だ」。伊達社長はこう述べ、特に1月(春節)と4月(桜シーズン)の伸びが顕著だったと分析した。
この伸び率が続けば、年間4500万人に達する見込み。ただし、7月は「先日の風評被害の関係」で弱含み、8月は猛暑の影響でさらに伸び悩むと予測。9月以降は国体や紅葉シーズン、12月のスノーシーズンで回復し、最終的に「4300万人から4500万人の間に落ち着くのではないか」との見通しを示した。
インバウンド消費額については、「消費単価が上がっているため、その数字を伸ばしていくと10兆円前後になり得る」と試算。政府目標の2030年「6000万人・15兆円」達成に向けては、「毎年7.0%の集客人数増加と、日本の物価上昇率2%並みの消費単価上昇があれば、この数字に達する」と分析した。
また、アジア太平洋地域の国際旅行者成長率予測が9.17%であることから、「日本に来るインバウンドもこのぐらいの伸びになるとしたら、消費成長も2%ぐらいでも2030年より1年ぐらい前倒しで15兆円が達成される可能性がある」と指摘。消費単価の伸びが現在の7%程度で続けば、「政府目標よりも早く到達する可能性がある」と述べた。
伊達社長は、15兆円という数字の意味についても言及。「自動車産業並みになるだろう」とした上で、製造業とは異なり、「人が来て輸出する輸出」であり、「さまざまな産業が絡み合っている地域での消費も含め」経済波及効果があると強調した。
総務省の数字を応用すると、2025年の10兆円で18.8兆円、15兆円では28兆円の経済波及効果が見込まれるという。さらに国内旅行者の消費も増加傾向にあり、「将来15兆円になり、国内は37兆円ぐらいになってくると70兆円」という観光産業の経済的インパクトが期待できると説明した。
「成長産業として国内においては限られた成長産業である観光を今後どのように育てていくのか、という意味で重要な視点になる」と伊達社長は強調した。
持続可能な観光産業の基盤づくりを
伊達社長は、現在策定が進む「第5次観光立国推進基本計画」(2026〜30年の5カ年)に向けて、「6000万人、15兆円というのは今のマーケットのポテンシャルから言うと、可能性としては非常に高い」としながらも、いくつかの課題を指摘した。
第一の課題は観光地の偏在だ。「日本人の54.9%、インバウンドの77.2%は首都圏に集中している」として、6000万人時代に向けて地方への分散が必要と指摘した。
その偏在が起こる要因として、「全国各地に観光地があるものの昭和型のまま止まってしまっている」ことを挙げた。具体的には、「建物は老朽化して宿泊施設は老朽化したままであったり、観光施設においても特に新たな投資がなされていないケース」が多く、経営の仕方も「昭和型になってしまっていて、新しい手法に基づいたデータに基づいた経営をしていない可能性がある」と分析した。
第二の課題は地方における交通手段の不足だ。「日本には100以上の空港があるわけで、それだけの投資がなされているにもかかわらず、過去に減便されたりしている状況」と指摘。「どうやって復活させ、よりダイレクトに行きやすくするか」や「現地に行ったときの二次交通が足りない」といった問題の解決が重要だと訴えた。
第三の課題は観光人材の不足だ。「観光の事業に従事したいと思う人自体が人口も減少していますけれども、それだけではなく不足気味なために稼働制限となる得ない」と警鐘を鳴らした。
これらの課題を踏まえて伊達代表は、第5次観光立国推進基本計画に盛り込むべき内容として、「観光というのは、日本の経済の成長もしくは地方創生の上で本当に重要な牽引できるような原動力になっている、ということを明確にビジョンとして説明をしていただきたい」と要望。
さらに「昭和型の観光地をいかに再生していくのかというビジョンとロードマップを描いていく」「観光人材そのものを育成する」「外国人の人材とも共生をしていく」などの必要性を訴えた。観光人材については「国家試験もしくは資格試験などをこういった観光人材向けに用意していく」ことで、「それに向かって取得しようという個人が現れ、それがまた企業によって評価されるようなそういったサイクル」の構築を提案した。
財源について
伊達社長は、観光立国実現のための財源確保についても言及。「宿泊税」「国際観光旅客税(出国税)」「公共観光施設料金」の3つを挙げた。
宿泊税については、全国で導入済み12自治体、導入予定6自治体、検討中約75自治体と広がりを見せているものの、「『定額制』『少額(数百円)』導入が独り歩き」「持続可能な制度設計か検証が不十分」といった課題があると指摘。
「導入の目的が不明確であったり、その後が観光の成長に関するものになっているとかいなった、というのが不明瞭なまま実行しようという動き」に対して「課題感を持っている」と述べた。
出国税や公共観光施設料金については、「『安いニッポン』を映す」現状を指摘。出国税は「1人1000円」(政府が引き上げ検討中)、京都清水寺「1人400円」、大阪城天守閣「1人1200円」に対し、「欧米豪では日本の3〜7倍の出国税(類似制度含む)を徴収」し、世界の主要観光施設では「二重価格」が浸透していると説明した。
例としてインドのタージ・マハルでは現地住民と外国人観光客で22倍の価格差があり、フランスのルーブル美術館は22ユーロだが、EU在住の18-25歳は無料だという。
こうした財源確保の仕組みについて、「導入目的、使途・活用計画、ガバナンス体制の正当性・透明性、さらには、国際標準に照らした妥当性をふまえた設計を検討されたい」と提言した。
インバウンド消費額15兆円へのロードマップ
伊達社長は、2030年までの「インバウンド消費額15兆円へのロードマップ」を示した。ここでは「昭和モデル」から「令和モデル」への転換が強調された。
具体的には、「昭和型からの脱却」として「老朽化した地方観光地の再生(インフラ、コンテンツ、運営ブラッシュアップ)」、「観光人材育成」として「観光人材の目標数を宣言」、「PDCAサイクル確立」としての財源確保(観光財源、出国税、独自財源、宿泊税)を挙げた。
これにより、「”失われた30年”で滞った投資を促進」し、「自立した観光地域の創出サイクル」を構築する必要性を訴えた。
また、森トラストグループの取り組みとして、2016年に打ち出した「ラグジュアリー・デスティネーション・ネットワーク」構想を紹介。「森トラストグループは、観光のゴールデンルートである東京・京都に加え、日本各地にインターナショナルホテルを誘致する構想を掲げています」と説明した。
このビジョンでは、「都心」と「地方リゾート・観光地」を区別。都心は「日本の国際競争力強化にむけた世界の旅行者に飽きられない魅力づくり」、地方は「地方における投資により新たな顧客獲得・事業発展」を目指すとした。
オーバーツーリズム問題は「局所的」
メディアで取り上げられることの多いオーバーツーリズム問題については、「本当に局所的には起きてると思いますが、日本の人口と比較すればまだまだインバウンドの数というのは人口の何倍という話でもない」と冷静な見方を示した。
「場所と集中する時期に何か起きているということ」であり、「それらに対しては対処していくということで、本来は課題を解決しながら別の地域での再生を止めることにならないように、そして最初から解決策を検討して地域の再生をしていく」ことが重要だと述べた。
伊達社長は講演の最後に、「これまでこの数年というのは、本当に観光が大きく伸びて大変素晴らしいことなんですが、やはりそれは局所的な問題ではある局所的な効果という面も否めない」と振り返り、「地方の観光というのは、昭和型で30年間、失われた30年の中で投資が止まってしまっているところが多くあります」と指摘。
「2030年に向けたロードマップの中では、この昭和型から脱却をして全国に各地域観光客が行くような、そういった状況にいかにするのかということが必要」だと訴え、「それを実際に運営できる人材をいかに確保していくのか、その部分を重要視しながら、そして観光における財源を確保するということをロードマップの中で明確にしていただきながら、観光立国基本方針というものを立てていただけたら」と締めくくった。
【kankokeizai.com編集長 江口英一】