
初夏になると各地の清流で鮎(あゆ)釣りが解禁される。鵜(う)飼いの町では恒例の催しが始まる。代表するのが、今年も5月11日に始まった1300年余の歴史をもつ岐阜・長良川の鵜飼いである。
俳聖松尾芭蕉も見物、「おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな」と詠んだ。
その河畔の川原町で1908年創業の玉井屋本舗が遡上する鮎をイメージして創製したのが「登り鮎」。
卵たっぷりのふんわりしたカステラ生地の中にもちっとした求肥(ぎゅうひ)を包み、焼きゴテで目や口を描いて鮎に見立てた菓子である。
姿形がスマートでキリっとして愛らしく、甘さもあっさりとした飽きのこない上品さで、看板商品になっている。同店では鮎をかたどった焼き菓子の「やき鮎」も人気がある。
これらに加えて、2020年のNHK大河ドラマ『麒麟がくる』の放映の際、何か名物菓子をと言われて「下剋上(げこくじょう)鮎」を製造販売。
いつも鵜に呑みこまれる鮎が鵜の尾っぽに喰らいつく形のクッキーで、逆襲する姿がユーモラスだ。
同店に限らず、鮎を県魚とする岐阜県には、同じような“鮎菓子”がざっと数えて30種ほどある。
その名も「若鮎」「稚鮎」「早瀬鮎」「上り鮎」など。目や口、ヒレなど表情はそれぞれに異なるが、縄張りを争う本物の鮎と違って、菓子店は共存共栄。6~8月の季節限定や通年販売など店もいろいろである。
同じ原材料や作り方の鮎菓子は「かつら鮎」(京都駅前駿河屋)や「若鮎」(近江八幡・たねや)など各地で作られている。
中の餡(あん)が小豆などでなく求肥というのは、岡山の老舗・翁屋などが作る郷土菓子「調布」(税として納めた献上布からの菓名)がヒントといわれている。
また全国の清流の町には、鮎をかたどった皮種の中に小豆餡などをたっぷり詰めた「鮎最中」がよく売られている。
パリッとして香ばしいもなか種と、しっとりした餡の甘さが引き立て合ってなんともおいしい。
栃木・那珂川町の千年(ちとせ)屋、奈良・五條市の千珠庵きく川、高知・四万十市の右城(うしろ)松風堂なども忘れ難い。
ちなみに今日、6月16日は、奈良時代の故事に基づき日本和菓子協会が制定した「和菓子の日」である。
(紀行作家)
【メモ】=玉井屋本舗本店(TEL058・262・0276)。1箱7個入り税込み1188円。
岐阜の風物詩「登り鮎」
趣深い川原町の町並み
(観光経済新聞25年6月16日号掲載コラム)