日本旅館協会・桑野和泉会長に聞く25年度の協会運営 「ミライのリョカン」具体化へ歩みを


人手不足、多大な負債…課題が残る宿泊業界

 日本旅館協会の通常総会が6月20日、東京のホテルインターコンチネンタル東京ベイで開かれる。昨年の総会で会長に就任した桑野和泉氏(大分県・由布院玉の湯社長)に1年間の回顧と2025年度の協会運営について話を伺った。(聞き手=本社・森田淳)

 ――宿泊業界の現状について、どう捉えているか。

 ご存じの通り、2024年のインバウンド市場は、訪日外国人旅行者数と消費額の両方で過去最高を記録した。訪日客数は3686万人を超え、コロナ禍前の2019年を上回り、年間消費額は8兆1257億円に達している。

 コロナ禍前から宿泊業界は人手不足の状況にあったが、コロナ禍を経て、宿泊業界をはじめとするサービス業からは多くの働き手が離れていってしまった。そんな状況で復活したインバウンド需要に対応できるはずもなく、業界の人手不足は深刻さを増している。

 東京、大阪、京都などの都市圏では多くの外国人観光客を目にするが、その恩恵はまだ地方に届いていない。人手不足、そしてオーバーツーリズムの解消に向け、地方への誘客は喫緊の課題であると考えている。

 金融問題については、コロナ禍で多くの施設が多大な負債を抱え、それらを背負ったまま大変苦しい状況の中で経営を続けている。インバウンドが戻ったから万事解決、とはいかなかった。コロナ禍と比べれば状況は明るくなっているが、まだまだ課題があることは事実だ。

 ――会長就任1年目と、2024年度の協会事業の回顧、委員会活動の成果について。

 昨年6月の総会で、大西前会長から日本旅館協会の会長という名のバトンを受け取った。2023年の5月に新型コロナウイルス感染症の感染症法の位置付けが5類に移行され、アフターコロナに入って1年が経過した頃に会長に就任したことになる。

 コロナ禍でほぼゼロになったインバウンドは今や過去最高を記録し、コロナ中の静けさを思い出すことも難しくなっている。「これほどにぎわっているのだから宿泊業界はもう大丈夫」といわれてしまうこともあるが、コロナ禍の3年間で失ったものを取り返すことは困難だ。今もなお多くの負債を抱える施設が多くある。こういった現状を、協会顧問であられる国会議員の先生方や、関係省庁に対して繰り返し訴え、陳情活動を行ってきた。

 2024年は度重なる災害に見舞われた年だった。元日に起きた能登半島地震、山形での大雨、「超ノロノロ台風」といわれた台風10号。そして、宮崎県日向灘での地震と、その後発表された「巨大地震注意」。今までになかったような災害が次々と起こり、初めての「巨大地震注意」が発表されたのが2024年。まさに前代未聞の事態に見舞われ、翻弄(ほんろう)された1年だった。中でも「巨大地震注意」の発表は、業界を大きく震撼(しんかん)させた。メディアでも大きく取り上げられ、不安をあおられた国民は、せっかくのお盆シーズンにも関わらず一気に自粛ムードに。国内だけでなく外国人のお客さまからのキャンセルも相次ぎ、多大な影響を受けた。そこで協会では、キャンセル料収受のあり方について今一度検討している。

 政策委員会が実施したアンケートの結果によると、災害時に「キャンセル料を請求しない」と回答した施設は6割に上った。協会として、どんな時にはキャンセル料を免除するかというガイドラインを作成し、協会員に提示する予定となっている。2024年は現状のキャンセル料収受の実態について調査・議論を行った。

 労務委員会では、これまで長きにわたって議論を継続してきた外国人雇用について、同じサービス業である食団連と連携している。宿泊業界と比較して多くの特定技能外国人を雇用している外食産業の話を伺い、まねすべき点を見いだした。さらに従業員を守るためのカスハラ対策についても検討を進めてきた。ガイドラインの策定に向けて、他団体との協議を進めているところだ。

 EC/DX委員会では、旧EC戦略・デジタル化推進委員会から引き続いてクレジットカード手数料の低減に向けて活動している。複雑なクレジットカード決済および手数料の仕組みについて調査した上で、その内容と問題点を観光庁と共有している。

 最後に、旧未来ビジョン委員会からの思いを引き継いだミライ・リョカン委員会では、旅館の価値を高めるために「サービス(実務)マニュアル」の作成に取り組んだ。従業員が提供するサービス(実務)のレベルを明確にすることで、正しいホスピタリティのあり方が明確になる。協会の約半数を占める中規模施設の業務(チェックイン、料理提供、予約、施設管理、清掃、接客等)を洗い出す作業を進めている。

 各委員会がそれぞれの課題に対して正面から向き合い、着実に事業を進めてきた1年間だった。

桑野会長
桑野会長

 ――2025年度の協会運営、事業について。

 政府が掲げた「訪日外国人旅行者数6千万人、消費額15兆円」という目標の達成年度である2030年まで、残り5年を切った。私たちは「ミライのリョカン」についてこれまで以上に深く考え、その具体化に向けて歩みを進めていかなければならない。

 今年度は、大きく三つの視点を重要視していきたいと考えている。

 1点目は、「旅館の定義について」。

 昨年度、全旅連の皆さまとともに「旅館の定義」を考えるための検討会を立ち上げた。観光産業の中核を担う私たち宿泊業界は、旅館をより深く理解し、その素晴らしさを正しく、広く伝えていくという重要な役割を担っている。「旅館とは何か」。原点に立ってこれまでの歴史を振り返りながら、私たちが守っていくべき旅館の姿を見つけ出したいと考えている。

 2点目は、「ミライのリョカン」について。

 私も当時担当副会長として携わっていた、旧未来ビジョン委員会が作成した冊子「私たちが創るミライのリョカン」では、約60ページにわたって、夢のある旅館づくりについてつづられている。この冊子を指標にして、過度なおもてなしや施設設備の充実といった「消費」に重点を置くのではなく、独自の価値を持って社会や地域に貢献し、働きがいのある職場として選ばれ、多様性に対する正しい配慮がなされていることを重視し、あるべき未来の姿を探求していかなければならない。この冊子が会員の皆さまの道しるべになることを願っている。

 4月上旬には、まさに近未来的なホテルである「タップホスピタリティラボ(THL)沖縄」を視察させていただいた。THLは、産学官連携によって観光・宿泊業界におけるDX推進につながる実証実験を行う世界初の施設。宿泊施設における生産性向上、快適性向上、従事者の待遇改善、ビッグデータを活用した消費機会拡大の可能性の模索やDX時代の社会インフラ集中管理システムの実用化の構築などを行っている。

 私たち宿泊業界が目指すのは、テクノロジーによる単なる業務効率化ではなく、旅館の伝統的な価値と最新のデジタル技術を融合させ、より豊かな顧客体験を創造すること。さまざまな視点から自分たちを客観視して、未来への歩みを進めていきたいと考えている。

 3点目は、「能登地方の復興・金融問題について」。

 未来を見ることはもちろん重要だが、足元の課題にもしっかり向き合う必要がある。今年度の協会事業としては、能登地方の復興に重点を置きながら、各課題に引き続き取り組んでいきたいと考えている。一昨年は仙台で、昨年は私の地元由布院で開催した「宿泊業界における観光と金融に関する全国懇談会」を、本年は石川県で開催することになった。発災から1年以上経過しているが、今も多くの施設が休業を余儀なくされている。このような状況を鑑み、地元の金融機関の皆さま、関係省庁の皆さま、そして私たち宿泊業界のメンバーが膝を突き合わせて復興への道筋について語り合うことのできる機会にできればと考えている。

 ――総会開催に当たり、会員へメッセージを。

 旅館は地域の魅力を体現する存在。皆さまのお宿それぞれが持つ素晴らしい個性が、その地域の魅力に直結している。いわば旅館は「地域のショーケース」として、日本の歴史や文化、代々続く伝統を、国内外に伝えていくという重責を担っている。まだまだ知られていない地域の魅力を、皆さまとともに発信していきたい。さらに、そうした魅力を活用して、地域を盛り立て、育んでいければと思う。

 総会では、皆さまの地域のお話をたくさん伺いたいと考えておりますので、ぜひご参加ください。

 
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